◆竹内翁博物館
わたしが『竹内文書』を知ったのは、
竹取翁博物館の館長の小泉芳孝さんが書かれた
書籍が出会いだったのですが、
先日竹取翁博物館に行ってきました。
神様が最初に降り立ったのは、
古事記の天孫降臨は宮崎県ですが、
他にも、岐阜県だとか、京都府だとか、
これも色々な説があるようですね。
もうどれが正しいとかは、今さら分からないわけですが、
この小さな博物館には、色々な資料があって、
おそらく魏志倭人伝の倭国は、奄美や徳之島辺りだろうと推測されると言われていました。
奈良説や九州説以外の可能性が出てきたのですね。
また、歴史上、3種の神器のひとつである
草薙剣(くさなぎのつるぎ)は、どこかに消えていて、
今あるものはレプリカらしいのですが、
どうやら真正の草薙剣の行方が判明し、
それが徳之島にあるらしいのです。
それに、卑弥呼の遺骨も徳之島で見つかっているというのです。
この辺りも、これから徐々に解明されていくかもしれませんね。
また、
竹取翁博物館なので、竹取物語のお話を中心にご説明くださいました。
実は、竹取物語とかぐや姫の物語は、少し違いがあって、
竹取物語は、おそらく空海が書いたのではないかと推測されるというのも興味深かったです。
さて、
日本が世界文明のルーツかもしれない、
という話に戻りますが、
神武天皇以前の縄文時代の歴史を、日本人は教えられていません。
縄文時代の日本を未開の地で、
そこに中国から文明が伝わり、稲作も伝わったと教えられ、そう思ってきた人がほとんどだと思います。
しかし、そうではなかった。
縄文時代の帝が、世界を統治していた。
もし、地上天国のようなものを作るとすれば、
もともと共存共栄の循環型の高度な文明で、
しかも高度な技術力もあった縄文時代の社会体制に、
もう一回戻れば良いのではないか。
文明を復活させ、地上天国のような社会にもう一回導くことができるとすれば、
その形跡を縄文時代に見ることができるのではないか。
それができる能力を持っているのは、共存共栄がどういうことかわかっている日本民族、大和の人たちではないか。
このような視点を持つきっかけをくださり、感謝しています。
歴史が本当かどうかよりも、
そういう「意識」に目覚めることが大事だと思います。
きてるよ
