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こんばんは♫ぜっきーです。
また急に暑くなってしまいましたね。
外に出たくない(笑)
最近の私、30年以上続いた
カフェオレブームが
突然終わりを迎えまして
今、愛してやまないのが
ミルクティなんでございます。
この
ホーマーズミルクティベース無糖タイプが
めっちゃお気に入り。
簡単にミルクティ作れます。
1対1で割る、と書いてありますが
そんなにいっぱい入れなくても十分美味しい。
私は牛乳ラバーですが
豆乳やオーツミルクでも美味しいという話。
カルディでも直販してますので
お好きな方はぜひー♫
さて。
毎度ながら突然ですが
「あなたは、お金について
どんな思い込みを持っていますか?」
と聞かれたら、
何が浮かぶでしょうか。
私は
「お金は働かないと(自分が稼がないと)
入ってこない」という思い込み
長年、抱えてました(キッパリ)。
他には
「頑張らないとお金は入ってこない」
「楽して稼ぐのはよくない」
「お金をたくさん持つと悪いことが起こる」
こんな感じの思い込み
持ってる人、多いんじゃないでしょうか?
でね。
そんな言葉なら
「ああ。これは思い込みかもしれないな」
と、比較的気づきやすいと思うのです。
なぜって
自分の中で
「これはひとつの考え方だ」
と、認識できるから。
今日はね、その先の話です。
深いです。
世の中をぐるっと見渡してみれば、
違う生き方をしている人もいる。
違う考え方をしている人もいる。
だから、
「絶対ではないのかもしれない」
と疑う余地があるわけですね。
でも。
だがしかし。
とどのつまり。
本当に私たちを
強く動かしているものって
実は、
そんなに
わかりやすくないんですよ。
実は
ものすごくわかりにくい形で
無意識に抱え込んでいるものに
我々はいちばん強く、突き動かされているのです。
これが非常に厄介。
なぜって
本人は
「思い込み」だと
まったく思ってないから、なんです。
たとえばですよ。
- 収入が減れば、不安になるのは普通。
- お金がなければ、諦めるしかないのが当たり前。
- 働かなければ、お金が入らないのは当然。
ここであなたがもし
「いや、それ普通でしょ」
と思ったとしたら。
そこー!!!!
(うるさいよ・笑)
まさに
そこなんです。
本当に強い前提や設定は
「私はそう思っている」
なんてわかりやすい顔していません。
「そういうものだから」
「普通だから」
「現実だから」
「仕方ないから」
「
あ
た
り
ま
え
」
という顔をしています。
通じる人おるんか?・笑
だから、
疑う余地すらない。
そもそも、疑うなんてこともしないわけです。
そこに原因があるなんて
露ほども思ってないから。
その前提を土台にして
私たちは
人生の選択を始めます。
お金がない。
だから、やめておこう。
「ああ、お金が増えたら買えたのに」
だから、お金が必要。
収入が減る。
だから、不安になるのは当然。
「ああ、お金が増えたら安心できるのに」
だから、お金が必要。
働かなければお金は入らない。
だから、もっと働こう。
「お金が増えたらもっと自由になるはず」
だから、お金が必要。
これ、本人の中ではとても筋が通っています。
だってね
最初に置いた前提を
「事実」だと思っているから。
ここが
お金の思い込みの
ものすごく見えにくいところなんです。
「すでにある論」でも
ずっと書いてきましたが
私たちは
「お金がないと思っている」のではなく
「お金がないんだから仕方ない(ないことが真実)」
↑
こっちを選択しているんです。
ここにはものすごく大きな違いがあります。
「お金がないと思っている」だけなら、
まだ
「これは自分だけの考えかもしれない」
「自分とは違う見え方があるのかもしれない」
と、疑うこともできる。
でも、
「お金ないんだから仕方ない」は
すでに
自分の中では
確定された絶対的な、不動の
「世界のルール」になっちゃってるのです。
だから、
その前提の外側にある選択肢や可能性は
最初から見えないし
意識が全くそっちに向かない。
そうじゃない道がある、としても
絶対にそんなものはない、と反発する。
ミラクルを経験したことのある人がいても
それはその人だから起きたこと、と
自分には起きるはずがないと拒否する。
- これしかない。
- こうするしかない。
- 私には起きない。
- そんなはずはない。
- もっとなければ選べない。
そうやって、
自分では現実を見て
合理的に
真っ当に
正確に判断しているつもりでも
実際には
自分が「現実」だと思っている
その前提の中で
無意識に選択を繰り返していることが、あるのです。
だから同じ世界を見続けるのだよ。
私自身、お金について
長い間
疑うことすらなかった前提を持っていました。
「もっとお金があれば自由になれる」
自由になりたい。
だったら、
もっとお金が必要。
もっとお金が必要なら、
もっと稼がなきゃ。
もっと稼ぐには、
もっと学ばなきゃ。
もっといい方法を
探さなきゃ。
もっと。
もっと。
もっと。
行動だけを見れば、
前に進もうとしているように見えます。
でも、
その一番最初には
「今のままでは自由ではない」
「自由になるには、もっとお金が必要」
という「不足の前提」がある。
疑いもしませんでした。
お金がたくさんあれば
自由になれるのは
当たり前だと思っていたから。
だから
その前提から生まれた行動を
どれだけ増やしたとて
スタート地点にはずっと
「まだ足りない」があるから
「まだ足りない」を世界に見続けて
「まだ足りない」を経験し続けるのです。
これって、最近ずっと書いてきた
「創造主視点」の話ともつながっています。
自我が「現実ですけど?」という顔で出してくる条件を、
私たちは世界のルールだと思い込んでいる。
でも今日は、ここは広げないでおく(笑)。
お金の話に戻します。
だから、
お金について考える時に
いきなり
「思い込みを変えよう」
とするだけでは
足りないことがあります。
だって
本人が「思い込み」だと思っていないものは、
そもそも「変える対象」として
認識していないから。
だから、その前に見るのはここなんです。
私は、
何を「事実」だと思っているんだろう。
何を「普通」だと思っているんだろう。
何を「当然」だと思っているんだろう。
何に対して、
「だって仕方ないじゃん」と思っているんだろう。
そこに、
自分を一番強く動かしている
お金の前提が
隠れていることがあります。
じゃあ、ですよ。
自分では
「現実ですけど?」
「普通ですけど?」
と思っているものを、
どうやって「前提」として見つけるのか。
みんな知りたいのはここだよね。
ふっふっふっふ。
だって、
自分で思い込みだと分かっているなら、
こんなに苦労しないもんね(笑)。
そんなわけで次回は、
自分では見えない
「お金の当たり前」を見つける入口
について書きます。
ここから、
さらに面白くなりますよー
お楽しみにー!!
それではみなさま
今日もよき夜を♫
しっかり水分摂ってね。
だから自由に生きよう。



