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こんばんは♫ぜっきーです。
昨日のブログに
こんな嬉しいDMいただきました!
大丈夫!!!
私も鳥山明のフリした
桃白白だったことが
何度もある!!!!(そこ!?・爆)
Nさんこちらこそいつも
ありがとうございます♫
今、開催中の粒塾2期でも
「やっとわかりましたー!!!」の声多数。
みんな理解と浸透と実践早くて嬉しい❤️
「創造主として生きる」というのは
自我を主軸にして
創造主の視点を使うことではなく
最初から創造主を主語にして、
「この個体に、何を体験させたい?」
から世界を見ること。
創造主視点では、個体にどんな体験をさせたいかを選ぶ。
三次元では、自我がそれを『叶った』と体験する。
そして現実は映像として観られる。
鳥山明=創造主
孫悟空=個体・自我・主人公
という
例えでいうなら
(作家名は好きな名前入れてください)
孫悟空が
「鳥山明だったらどうするかな?」
と考えるのではなくて
最初から鳥山明として
「今日は悟空に何を体験させようかな?」
と世界を創る。
するとね。
なんというか、
世界の見え方が本当に変わります。
今までなら、
「これ、どうしたらいい?」
「まだ起きないな」
「もっと何かやった方がいいんじゃない?」
みたいに、
自我がすぐ前のめりに出てきて
すぐ、行動しちゃう(笑)。
どうにかして
自力で
現実を動かそうとする。
そして、限界を迎えて撃沈する。
ちょっと休んで回復したら
また同じことをする。
毎度お馴染み
エンドレスレインです(笑)。
画像お借りしています。特にファンではないです。
でも
「この個体に、何を体験させたい?」
から始めると
創造主として、
「この体験をさせてあげよう」と決める。
本当にそれだけなんです。
そのあと、
「で、どうやって?」を
自我に考えさせない。
自我が言ってくるいろんな言葉は
全くもって意味をなさないんですよ。
だって、
鳥山明が
「悟空とレッドリボン軍を戦わせよう」
と決めたあと
悟空が
「先生!!
その後の展開、オラが作らなきゃダメか!?」
って走り回らせる必要
全然ない(笑)。
むしろ
勝手に動かれたら
迷惑!!!(爆)
画像お借りしています。マシリト好き(笑)
創造主として決める。以上。
個体は、その中で今日を生きる。
三次元でやることがあれば、普通にやる。
でも
結果や展開まで
個体に作らせようとしなくていい。
「もっとできることあるんじゃない?」
と、
不足から
行動をどんどん増やしていかない。
自我は性質上、どうしても騒ぎます。
「まだかな?」
「いつ来るかな?」
「大丈夫かな?」
「足りてないんじゃないかな?」
「何か起きないかな?」
ってね。
でもこの視点も
結局は孫悟空側なんですよね。
鳥山明は、
悟空に
「天下一武道会に出場させよう」
と決めたあと
そのページの前で
「まだ始まらないかな?」
って待ち構えたりしない。
描くのはお前だよ(笑)。
画像お借りしています、本当にね、描くのはお前だよ(自分へ)
私たちは役割を間違えてるわけですね。
意識の使いどころを
使わなくていいところに使って
使わなきゃいかんところに使ってないんです。
もっと簡単でよかった。
もっと、シンプルでよかった。
気づいたら本当に楽です。
そして私はずっと、
「この個体に、何を体験させたい?」を決めて
昨日今日と
家でのんびり過ごしていました。
インコ吸いながら(鳥飼はみんなインコ吸います・笑)
キングダムの映画、一気に4本観てたんです。
(またか・笑)
そして戦闘シーンに没頭する…うっとり。
すると、
ものすごいことが起きました(笑)。
まだ詳しくは書けないんですが
見た瞬間、
「え!!!!!!まじ!!!!」
ってなって
個体、大騒ぎ(笑)。
個体、大喜び!!!!
でもここでも、
私は
「ほら!!
創造主視点になったから
こんなことが起きた!!」
という証拠にはしない、と決めています。
何かが起きたから、
「私は正しかった」とか、
「ちゃんと創造主視点に立ててる」とか、
そういう判定にも使わない。
使う必要ないんです。
だって、そうなるのだから。
もともと、明なんだから。
でも。
起きたら、全力で喜ぶ(笑)。
ここ
すごく大事です。
三次元で起きたことを、
自分がいる世界の証拠にはしない。
でも、
個体には、
三次元で起きたことを
思いっきり体験させてあげる。
嬉しかったら、
「やったーーーーーーー!!!」
って存分に喜ばせてあげる。
だって
この世界は
個体がいろんなことを
体験するためにあるんだから。
創造主には
証拠なんて必要ない。
鳥山明が
ほら、悟空勝ったーーーーー!!って喜ばないだろ(笑)。
でも個体には、
「叶った!」
「嬉しい!」
「こんなことあるんだ!」
を、
全力で味わわせてあげればいい。
これ、
全然矛盾しないんですよ。
この、創造主と個体という
ふたつの視点が与えられている身にはね。
そして、
何かが起きたあとも、
また次の奇跡を待ち構えることもない。
「次は?」
「今度は何?」
「また起きる?」
って、
自我が前のめりにならない。
ただ、
創造主として
「次はこの個体に、何を体験させたい?」
を見て、世界を創る。
そして、
個体には
今日を普通に生きてもらう。
創造主として決める。
個体は、その物語を生きる。
そして何か起きたら、個体は全力で味わう。
なんかね。
昨日からずっと、
「オレは今まで何を勘違いしてたんだろう?」
という気分なんです(ヨナさんに捧ぐ・笑)。
「ものすごいこと」は
近日中にお知らせできると思います。
楽しみに待っててください!!!
さて。
この個体に、
次はどんな体験を
させてあげようかな?
だから自由に生きよう。







