ハーブティー専門店を営む加藤さんの相談
「先生、最近ふと、なんのためにやっているんだろうって思うことがあって」
そう打ち明けてくれたのは、オンラインでハーブティーの販売と個別相談を行う加藤さんだった。
開業して3年。売上は安定しているとは言えないが、続けてきた。お客様からのクレームもほとんどなく、「美味しかった」「体が楽になった」という声も届いていた。でもその日の加藤さんは、どこか遠い目をしていた。
「先月、新しい施策を試したんですが、全然反応がなくて。広告費だけかかって、問い合わせゼロで。そういう時に、ふと思うんです。私がやっていることって、本当に誰かの役に立っているのかなって」
「売上が落ちた時だけですか、そう感じるのは?」
加藤さんは少し考えてから、首を横に振った。「なんでもない日にも、突然来ることがあります。夜中に急に、この仕事に意味があるのかなって」
「その時、どうしていますか?」
「SNSを見たり、競合のサービスを調べたりして、かえって落ち込んで……そのまま寝られなくなることが多いです」
私は一つだけ質問した。
「その夜、お客様からもらったメッセージを読み返したことはありますか?」
「意味」は、自分の中からは出てこない
仕事の意味を、自分の頭の中だけで考えようとすると、必ず行き詰まる。
「意味があるかどうか」を自分で判断しようとすると、どうしても「結果」で測ろうとしてしまう。売上が上がっているか、お客様が増えているか、反応があるか。でもそういった数字は、日々上下するものだ。調子が悪い日に数字を見れば、意味を見失うのは当然だ。
しかも、夜中に一人で考える時間は、不思議と悪い方向にしか向かない。競合を見れば「あの人はうまくいっているのに」と思う。広告費の計算をすれば「このままでは続けられない」と思う。頭の中でぐるぐると回る問いに、答えは出ない。
仕事の意味とは、自分一人で決めるものではない。
それはいつも、受け取った側がそっと教えてくれるものだ。
「先生のおかげで、眠れるようになりました」「あのブレンド、毎朝飲むのが楽しみで」「プレゼントしたら、友人が泣いて喜んでくれました」
そういった言葉の中にだけ、仕事の本当の意味が宿っている。
加藤さんが読み返した夜
私との話の後、加藤さんはその夜、過去にお客様から届いたメッセージをスクロールし始めた。
そこには、すっかり忘れていた言葉たちが並んでいた。
「更年期で眠れない夜が続いていたんですが、先生のブレンドを飲み始めてから、少しずつ眠れるようになりました」
「娘の結婚式のギフトに使いました。みんなに喜んでもらえて、私まで嬉しくて」
「体のことを相談できる人が身近にいなくて、先生に話を聞いてもらえただけで、すごく楽になりました」
加藤さんから翌日、連絡が来た。
「先生、昨夜メッセージを読み返していたら、気づいたら泣いていました。こんなにたくさんの言葉をもらっていたのに、全部忘れていたんです。意味がないどころか、こんなに意味があったんだって」
意味は、ちゃんとあった。ただ加藤さんが、見えなくなっていただけだった。
なぜ「ありがとう」を忘れてしまうのか
もらった「ありがとう」を、人はなぜ忘れてしまうのだろうか。
一つには、嬉しいことより辛いことの方が、記憶に深く刻まれるという人間の性質がある。10人に感謝されても、広告がゼロ件だった事実の方が頭に残り続ける。これは脳の仕組みだから、ある程度は仕方がない。
でももう一つ、根深い理由がある。
私たちは「次の結果」を追い続けることに慣れすぎていて、「今あるもの」を受け取ることが苦手になっているのだと思う。
お客様に感謝されても、「次はもっと良いサービスを」「まだまだ足りない」と前に進もうとする。それ自体は悪いことではない。でもその姿勢が行き過ぎると、すでに自分の手の中にある「意味の証拠」を、素通りし続けてしまう。
感謝の言葉は、受け取った瞬間だけのものではない。何度でも読み返せる、再生可能な燃料だ。
「ありがとう」を資産として蓄える
あの夜以来、加藤さんはひとつの習慣を始めた。
お客様からもらった「ありがとう」の言葉を、一か所に集めて保存するようにしたのだ。
メッセージのスクリーンショット、メールの文面、SNSのコメント。形はなんでもいい。「嬉しかった言葉」「心に刺さった言葉」「思わず涙が出た言葉」を、ひとつのフォルダにまとめておく。
そして「この仕事に意味があるのか」という問いが頭をよぎった夜に、そのフォルダを開く。
すると不思議なことに、その問い自体が馬鹿馬鹿しくなってくる。ここに、意味の証拠がこんなにあるじゃないか、と。
これは自己満足でも現実逃避でもない。自分が本当に届けてきた価値を、正確に認識するための行為だ。調子が悪い日に数字を見て落ち込むのと同じように、調子が悪い日に感謝の言葉を読み返して立ち上がることは、至って真っ当なことだと思っている。
意味は「作る」ものではなく「受け取る」もの
「仕事に意味を見出す」という言葉をよく聞く。でも私は今、少し違う言い方をしたいと思っている。
意味は、自分が「作る」ものではなく、お客様から「受け取る」ものだ。
どれだけ自分の頭で「この仕事は意味がある」と言い聞かせても、それは自己暗示に過ぎない。でも誰かから「あなたのおかげで眠れるようになりました」という言葉を受け取ったとき、そこには自己暗示では決して得られない、本物の確信が生まれる。
だから意味を見失いそうになったとき、答えを自分の中に探しに行かなくていい。
過去にもらった「ありがとう」の言葉を、もう一度受け取り直せばいい。そこに、すべての答えがある。
今日の問いかけ
もし今、「この仕事に意味があるのか」という問いが頭をよぎっているなら、ひとつだけお願いがある。
今すぐ、過去にお客様からもらった「ありがとう」の言葉を探してみてほしい。
メッセージでも、メールでも、SNSのコメントでも、口頭で言われた言葉の記憶でもいい。
そしてその言葉をくれた人の顔を、目を閉じて思い浮かべてほしい。あのとき、その人はどんな表情をしていたか。どんな言葉で伝えてくれたか。
その記憶が、明日を生きる燃料になる。
仕事の意味は、自分の中にあるのではない。あなたの言葉や行動を受け取ってくれた、あの人の笑顔の中にある。

