ピラティス講師の木村さんの迷走
「先生、同じようなスタジオが増えてきて、正直焦っています。差別化しないといけないと思って、競合のサービスを片っ端から調べているんですが、何をすればいいのか、かえって分からなくなってきて」
そう話してくれたのは、個人でオンラインピラティス教室を運営する木村さんだった。
開業して2年半。生徒さんは少しずつ増えていたが、最近は伸び悩んでいた。近隣に似たようなサービスが増え、「このままではいけない」という焦りから、競合リサーチに多くの時間を費やしていた。
「あのスタジオは動画コンテンツを充実させている。こっちのスクールは返金保証をつけている。うちも何か新しいものを加えないと」
そう言いながら、木村さんが見せてくれたメモには、競合スタジオの特典や価格帯がびっしりと書き込まれていた。
「木村さん、今のお客様からどんな声が届いていますか?」
「うーん、『楽しかった』とか『体が楽になった』とか。特に大きな不満の声はないんですが」
「最近のレッスンで、お客様がふと漏らした言葉で、気になったものはありませんか?」
木村さんは少し考えて、「あ、そういえば先週、生徒さんが『レッスンの後、どんなストレッチをすればいいか分からなくて』ってポツリと言っていたのが、少し引っかかっていました」と答えた。
「それです」と私は言った。
競合リサーチでは届かない場所がある
木村さんがやっていた競合リサーチは、無意味ではない。市場の全体像を把握したり、自分のポジションを確認したりするためには役立つ。
でも、サービスを本当の意味で改善するための答えは、競合の中にはない。
なぜなら、競合のサービスはその競合のお客様のために作られたものだからだ。競合のお客様と、木村さんのお客様は、似ているようで違う。悩みの深さも、求めているものも、通っている理由も、一人ひとりまったく異なる。
競合を真似て作ったサービスは、「誰かのお客様のために作られたサービスのコピー」だ。木村さんのお客様のために作られたものではない。
一方、生徒さんが「レッスンの後、どんなストレッチをすればいいか分からなくて」とポツリと言った言葉の中には、木村さんのお客様だけが抱えている、木村さんのサービスに特有のニーズが眠っていた。
その言葉は、競合を100時間分析しても、絶対に出てこないものだった。
「別にいいよ」の裏にある本音
恋愛をしている人なら、こんな経験があるはずだ。
デートの帰り道、「今日どうだった?」と聞いたら「別にいいよ、楽しかった」と返ってきた。でも何かが引っかかる。声のトーンが少し平坦だった。いつもより笑顔が少なかった。
「別にいいよ」は言葉通りに受け取れば問題なし、だ。でも相手のことを深く想っている人は、その言葉の裏を読もうとする。「本当は何か気になることがあったんじゃないか」と。
お客様の言葉も、まったく同じ構造を持っている。
「特に不満はないです」は、本当に不満がないとは限らない。「楽しかった」は、それ以上でも以下でもないとは限らない。そして「レッスンの後、どんなストレッチをすればいいか分からなくて」という何気ない一言の中に、次のサービスの種が隠れていることがある。
言葉の表面だけを受け取っていると、本当に大切なことを見逃し続ける。
お客様の声の「3つの層」を読み取る
木村さんとの話の中で、私はお客様の声には3つの層があるという話をした。
第一層は、言葉にされた声だ。
「ここが良かった」「もっとこうしてほしい」という直接的なフィードバック。これは一番拾いやすいが、お客様が言葉にできることしか含まれていない。
第二層は、言葉の裏にある声だ。
「別にいいんですけど」「まあ、大丈夫です」という言葉の奥に隠れた本当の気持ち。表情、声のトーン、言葉の歯切れ。そういった非言語のサインに耳を澄ますと、聞こえてくる声がある。
第三層は、まだ言葉になっていない声だ。
お客様自身も気づいていない、潜在的な欲求や不満。「なんとなく物足りない感じ」「なんか違う気がする」という曖昧な感覚の中に、次のサービスの種が眠っている。
木村さんが聞いた「レッスンの後のストレッチが分からない」という言葉は、第二層と第三層の境界にある声だった。生徒さん自身、それが不満だとは思っていなかった。でも確かに、そこに何かが欠けていた。
木村さんが加えた、たった一つのこと
私との話の後、木村さんがサービスに加えたのは一つだけだった。
毎回のレッスン終了後に、「今日のレッスンに合わせたアフターストレッチ」を5分間追加したことだ。
新しい機材も要らない。価格を変える必要もない。競合が持っていない特典を作る必要もない。ただ、生徒さんがポツリと漏らした一言を、サービスに反映しただけだ。
1ヶ月後、木村さんから連絡が来た。
「先生、生徒さんからの反応が全然違うんです。『このアフターストレッチが一番助かる』って言ってくれる方が多くて。しかも友人を紹介してくれる方も出てきました」
そして、こう続けた。
「競合を調べていた時間が、少し恥ずかしくなりました。答えは最初から、目の前の生徒さんが持っていたんですね」
小さな一言を、見逃さない仕組みを作る
「お客様の声を大切にしよう」と言うのは簡単だ。でも実際には、日々の忙しさの中で、小さな一言は簡単に流れていってしまう。
だから私が木村さんに提案したのは、一つの習慣だった。
レッスンや打ち合わせの後、気になった言葉を必ずメモすること。クレームや要望だけでなく、何気ない雑談の中で出てきた言葉も含めて。「なんかそれ、しっくりこないんですよね」「もう少しここが分かりやすかったらな」「こういうのがあったらいいなとは思うんですが」。そういった小さな一言を、その場でメモしておく。
そして月に一度、そのメモを読み返す。
一人のお客様の言葉だと「たまたまそう感じた」で終わりそうなことが、複数の方が似たようなことを言っているとパターンが見えてくる。そのパターンの中に、サービス改善のヒントが隠れている。
競合を分析する時間の半分でいい。その時間をお客様の言葉を読み返すことに使うだけで、見えてくるものがまったく変わる。
唯一無二のサービスは、どこから生まれるか
唯一無二のサービスとは、誰も真似できないサービスのことだ。
競合を真似て作ったサービスは、いつか誰かに真似される。価格を下げれば、もっと安い競合が現れる。特典を増やせば、もっと多い競合が現れる。
でも、木村さんの生徒さんの声から生まれたアフターストレッチは、誰にも真似できない。
なぜなら、木村さんの生徒さんは木村さんだけの生徒さんだからだ。木村さんとの関係の中で生まれた声、木村さんのレッスンを受けたからこそ気づいた欲求、木村さんとの会話の中でこぼれ落ちた本音。それらはすべて、木村さんだけが持てる情報だ。
その情報を丁寧に拾い、誠実にサービスに反映し続けること。その積み重ねが、どこにもない、木村さんだけのサービスを育てていく。
お客様の声は、最高の羅針盤だ。競合という地図を手放して、その羅針盤に従うことが、唯一無二への最短ルートだと私は信じている。
今日の問いかけ
最近、お客様からもらった言葉の中で、何気なく流してしまったものはなかっただろうか。
「まあ、大丈夫です」「別にいいんですけど」「こういうのがあったらいいなとは思いますが」。
そういった小さな一言の中に、あなたのサービスを次のステージへ連れていくヒントが眠っているのです。
今日から、お客様の言葉の奥を、もう一層深く読む習慣を始めてみてほしい。
競合を見る前に、今いるお客様の声に耳を傾けること。その誠実な姿勢の積み重ねが、あなただけの、誰にも真似できないサービスを育てていく。

