Rayです。こんにちは
今朝はこんな言葉が見えたよ。
信じた事は、間違いじゃない。
目の前にテロップが流れました。
娘の表現方法が面白い・・・。
用事があって、
そのまま放ったらかしだったけど、
やっぱり最近感じる取る事は、
人のためにもなるみたいなので、
私の外側に出しておきます。
この言葉
いろんな解釈ができると思いますが、
私はこんな風に感じました。
私は長女の事を信じていました。
将来の目標に向かって死ぬ前日まで勉強していたし、
それも自発的に何でもやる人だったから、
本当に手がかからず、
お金と環境だけサポート。
でも死んだ後にね、後悔しました。
私がもっと心配していれば、
いちいち口出ししていたら、
全てをコントロールしていたら・・。
面倒な親をやっていたら、口答えとかしている時間は死ぬこと考えないで済んだんじゃないのかなとか。
静かに自分と向き合う時間が長すぎたのかな。とか
自分のことを本人に任せすぎた。とか
まだまだ子供として親が監督すべきだった。とか
たらればのオンパレードでした。
そしてこの記事↓を読んだ時、私が殺したんだって思いました。
(この記事は死にたいアピールをしているお子さんのことを相談されているケースなので、うちの場合とは違うけど、それでもぐさりときました。ナリさんの記事は今も勉強になるので読み続けています。ただ自死遺族の方は閲覧注意です。みたい方だけどうぞ。)
すごくその時娘が苦しんでいたとしたら、
それに全然気付けてなかったし、逆に幸せそうだとすら思ってた。
前日のテストの失敗も大丈夫だよ〜で済ませてたし、
本気でウチの娘は素晴らしいって信じてたし、
本気で何があっても大丈夫って信じてた。
なのに死んでしまった。
自死してしまった。
もうダメダメな母親だったと心の底から自分を責ました。
でも娘が死んでから色んな声やインスピレーションを通して、死ぬことが「悪い」ことではなく、単なる状態の変化と思えるようになった今、
信じきってしまった私がいたからこそ、
娘は死期を迎えることができたんだと思えるようになってきました。
そして生きてる私を通してメッセージを伝える。
開き直りといえばそれまでだけど、
アホな私だから娘に選ばれたんだ!って思うと、
アホでよかったとすら思える。
生きてる女子高生が思っていることをつぶやくより、
自死した子が自死遺族を通してメッセージをする方法を選んだ。
なかなかの作戦だと思う。
信じたことは間違っていない。
その言葉は
私を救うために見えたように感じました。
だからありがたく受け取ります。
そして私のためだけではない気がするので、シェアします。
あとね、別の意味でも感じたのは、
信じるという行動をとったら、
それは自分の世界では正解だなってこと。
私が信じてたのは、
ウチの娘は素晴らしいってこと。
何があっても大丈夫ってこと。
本当にその通りだ。
寂しいし悲しいけど
今も素晴らしい娘が一緒だから大丈夫。
あ、でも絶対こんなことはもう二度と嫌なので、
次女と三女にはストレートに
「絶対何があってもママより先に死んじゃダメ」
「死にたい時は必ず報告すること!」
「心配したいから口出しするけど大好きだから仕方ない!」
って言いました。
「わかった!!」って。
アホなママだけど失敗からは学びます。
娘たち三人とも、ありがとう。
