Rayです。
出すの怖い言葉。
でも聞こえてしまった。
キャベツ切ってる時。
そのタイミングかよ!!
死ねるって贅沢
最上級の甘えだよね
おいおい。こえーっつうの!
私それ言うの怖いって!
娘の声はびっくりすること突然いう。
でもさ、納得しちゃうんだ。
迷いましたが、やっぱ書いちゃった。
私、その役目があると思うから。
考えてみれば、
死ねるって贅沢だよね。
ふつう、死にたいって思っても死ねない。
私も死にたいって思うことあった。
でも私はその時死ねなかった。
・命は大切なもので、自分で終わらせてはいけないって思ってたから。
・死んだらまた一からやり直しだからそんな面倒なことしたくないって思ったから。
・死んだら親がかわいそうだから。
・やってはいけないことは、やってはダメだから。
って、なんか信じ込まされてたし。
あとは、なんか勿体ないなって思ったからかな。
もっと体験したいこともあったから、それやってからでも遅くないかなって。
死ぬ気になったら何でもできるとかさ。
そうゆうことば沢山聞くじゃない?
ふつう死にたいって思っても色んな固定観念が邪魔して死ねないよ。
我慢すればいいって。
ごまかせる。
ごまかしごまかし生きる。
特に私のような凡人はさ。
だから考えてみたら、
死んじゃおう!って決めて実行してしまうって、
究極の自己肯定だと思った。
私は死んでいい。
邪魔な肉体を脱ぐために死んでいい。
死んでも周りは許してくれる。
やれることはやった。
なんなら今世と同じことを繰り返してもいい。
だから今はとりあえず死ぬ。
その方がいいから。
そんな理由で、死を選択している。
言われてみれば、とても贅沢だ。
やりたいように生きている。
大切にしなさいって言われたから大切にするような肉体。
実はもともとそんなに重要じゃないんじゃないのかなって気すらするよ。
そりゃ母としてはさ、
お腹を痛めた子の体、自分よりも大事にしたいよ。
本当、自分より大切。
(自分をまず大事にとか、本当難しいもん。)
でも産んだら後はその子の体はその子のものなんだよね。
私が私の体を私のものだと思っているように。
そんで、本当の私たちは、肉体より大切なものがあることを知っているんじゃないのかな。
肉体に宿ったそれぞれの魂。
それが一番大事なものなんじゃないかね。
だから、わざわざ「体を大事に」って言葉があるのかなって。
それは人間目線だから言葉になる。
「魂を大事に」ってあんま言わないもんね。不滅だから。
魂は大切にしようが、無茶しようが滅びない。
肉体は魂を我慢させるためのものじゃない。
魂の喜びのために使うもの。
魂が必要としているかどうか。
もちろん肉体は魂の乗り物として大切な道具。
だから大切に使った方がいい。
でも死を選ぶということが、肉体を粗末にしている訳じゃない。
魂の思うままに役立てたのだ。
私が娘の死で沢山の学びを得ているように、
「違う使われ方」をしてるだけ。
ちゃんと無駄なく道具として機能してる。
実際、私だけでなく、妹たちや夫にも変化をもたらしている。
我慢しないで、
どんどん魂の思うままに進んでる。
だって終わらないんだもの。
私たちの魂。
死なれてとても嫌だけど。
それは私の問題だし、経験する必要があっただけ。
私が悲しまないために、娘が我慢し続けるのは違うもんね。
もちろん私は寂しくて泣くよ。
可愛い頃の写真とか見るとさ
大人の姿も見たかったな〜とか、
下の子が怪我したり転んだりするだけで心配で、
擦り傷一つで泣いちゃうし。
でもそんな辛い体験も娘を許すために受け入れてくれるだろうと信頼されたんだなって思うと嬉しいんだ。選ばれたんだなって。
ママなら私のこと許すから。
世間でやっちゃいけないっていうことだけど、やっちゃった!
やりたかったんだもん!
そうかもね。
いろんな体験をするために、
何度も生まれ変わっているんだとしたら、
自死を体験することもその一つなのかもね。
娘は肉体ドライバー上級者なのかな。
限られた魂に許される贅沢なのかもな。
そんな風にすら思えてくるよ。
自己肯定感が育たないと自分を大切にできないとか聞くけどさ、
自死は自己肯定感がないんじゃない。
不滅の魂である自分の本質を知っているから
自分を全肯定することによって選択できる、
選択肢の一つ。
そう考えてもいいのかもしれません。
だってね、
自死遺族にならなかったら、
こんなブログ書いてない。
見えない存在とか気にしてない。
自死は失うことじゃない。
確実に生み出している。
創造につながっている。
