「何の為に生きているのか分からない」という問いには | キックボクシングB-style-KICK/名古屋市緑区、岐阜県多治見市宝町

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名古屋市緑区、岐阜県多治見市のスポーツキックボクシングB-style-KICK!ISKAジャパン公認トレーナー、レフェリーライセンス取得者在籍。

いじめ問題、相談に取り組む武術教育研究家、小池です。



「何の為に生きているのか分からない。」


いじめを受けている子はこんな感覚に陥ります。



親の立場からすると、「あなたが生きているだけでいいのよ」という感覚になります。


そして、抱きしめて直接、子供に言い聞かせる親もいるでしょう。



愛情は伝わってます。


お子さんはしっかりと愛情を受け取っています。


それでも、まだ「何の為に生きているか分からない」という悩みは消えません。



それはなぜか「何の為に生きているのか」という問いは、言い換えると次の言葉になるからです。



「生きているだけではダメだ」



学校でいじめられていると、常に役立たずとような扱いを受けます。


時には「お前なんていなければ」と集団から除外扱いを受けることもあります。


そしてヒドイ時には「お前なんて存在しなければ」と存在否定もされます。



お子さんにとって、親と一緒に過ごした”年月”は誰よりも長い。


しかし、今現在、学校にいる”時間”の方が長いものです。


親からの愛情で得た一つの肯定感は、より多くの集団によって簡単に塗りつぶされます。



では、どうすればよいか?



それには別の集団に所属させることが重要です。


学校よりも精神的影響力の高い、集団に所属させ、肯定感を得る必要があります。


そうした集団選択は、日本伝統文化のお稽古事がよいです。



なぜなら、「●道者として…」という心の在り方、道を歩む者としての生き方が示されているからです。


私にとっては、それが武道でした。


正直、スポーツ教育ではここまではできないという領域があります。



道は、「何の為に…」という感覚を追求していく道でもあります。



お子さんに合った”道”を提供してみてください。



武術教育研究家、小池