中国の春秋時代には、醍醐という食べ物があった。
醍醐という言葉は、仏教の経典に出てくると言いますから古いものです。
一口で言えば牛乳を煮詰めたものが「酪」で、それを幾つかの精錬工程を経て出来上がったものが「醍醐」。一斗の牛乳から数パーセント、2-3合しか出来ないともいわれ貴重なものだった。
その濃厚な味わいは最高のものとされ、醍醐味の語源になったことはいうまでもありません。現代でいうカルピスや飲むヨーグルト或いはレアチーズのようなうなものだなど諸説入り乱れ実態は不明のようです。
その製造法についてネットで調べてみると『牛より乳を出し、乳より酪(らく)を出し、酪より生酥(せいそ)を出し、生酥より熟酥(じゅくそ)を出し、熟酥より醍醐を出す』(wikipanionより引用)と、古代中国での製法が書いてありますが、確かなレシピがなく、作ろうにも現代では実験で試行錯誤するより手がないそうです。
ところで中国の春秋時代とは、紀元前から紀元後までの長い時代になります。教科書でも憶えた魏•呉•蜀なんという国があった時代です。
醍醐は当然で作られていて、各国、各地域でその味を自慢した。「おらが国の醍醐が一番じゃ」ってなわけです。その中で一等評判が悪いのが楚(そ)の国の醍醐だったそうです。事実楚の国の古い書物を調べてみると「…我が国の醍醐は他国から兎角不味いなどと言われるが、そうでもない…云々」とあって、積極的に否定するわけでもなく弱々しい書きようでほぼ認めていたようなものらしいです。
どれほど不味かったというと、それはもう誰もが「”楚(そ)”の醍醐はいけません」「”楚”だけは勘弁してくれ」と受け付けなかったといいます。
時代は下って、今の日本です。高齢化の波は大きく2018年の時点でも、3558万人、総人口のうち28.1%という事です。(内閣府発表:2018年10月1日現在)
所在なさげに一日中テレビの前などでゴロゴロしている日本の男達のなんと多いことか!
こういう男達のことをいつ頃からか、「そ•だ•い•ご•み 」と呼ぶようになったのは上の話からきているようです。
