昔: 深川萬年橋
絵はwikipanionより保存したものに改印年月を追記して転載
🖼小名木川が大川(隅田川)と出会う口に架かる万年橋から、中洲、箱崎方面を見た図。萬年橋なので〈亀は萬年の寿き〉の洒落で放生会(ほうじょうえ)に亀を登場させた。手桶と橋の欄干を絵の枠にしているところがおもしろい。この橋からは、富士山が格別よく見えることで有名だったといわれています。
放生会とは一種の仏事で、捕らえられた亀や魚などの生き物を買い、それを水に放すのである。「いいことをしたぁ〜」と、死者の冥福と自身の後世を祈ったのです。橋の番人などが亀や泥鰌を売ってもいたらしい。
今: 萬年橋より清洲橋を望む
📷奥に見える清洲橋は、関東大震災後の復興事業の一環として、永代橋と共に計画された橋で昭和3年3月竣工。「清洲」という名称は公募により、建設当時の両岸である深川区清住町と日本橋区中洲町から採られた。
▼ライトアップされた写真を撮れる日はいつか?
絵の170年前、旅に出る前の芭蕉が橋の北詰あたりで庵を結んでいた(1680〜1694)。後に松平遠江守の下屋敷ができる前の話である。
▼江東区芭蕉記念館内の〈芭蕉翁之像〉
現在は閉園になっていて、これは2018年10月に撮ったものです
▼芭蕉稲荷神社
▼地図





