子どもの進路の話になると
なぜか胸の奥がザワっとする。
学校からのプリント
三者面談の日程
模試の結果。
それを見た瞬間
頭より先に体が反応する。
「まだ大丈夫」
「落ち着こう」
そう言い聞かせるほど、
逆に息が浅くなる感じ。
実は、私もそうだった。
下の子が中学生の頃
模試を受けたら
正直、目を疑うような偏差値だった。
「……え?」
どこなら行けるの?
この成績で?
小3から塾に入れて、
早めに準備してきたのに。
頭の中は、
一気に未来の不安でいっぱいになった。
その日からさらに
私は口うるさくなった。
「勉強しなさい!」
「やる気あるん?」
塾の先生との面談でも、
つい強い言葉が出た。
「彼が理解できるように
何とかしてください」
今思えば
かなりトゲのある態度だった。
でもね。
私が一番しんどかったのは、
別のところにあった。
親に言われた、
こんな言葉。
「親なんだから、
ママがちゃんと見てあげないと」
「一緒に勉強してあげるくらいじゃないと、
だからできないままなんやで」
それが、
ものすごく苦痛だった。
私はちゃんとやってきた!!
落ちこぼれないように。
困らないように。
先回りして。
なのに、
「母親として足りない」
って言われている気がして。
腹が立った。
悔しかった。
「私に言うな!」
「私が悪いって言うな!」
その行き場のない気持ちが、
そのまま子どもに向いていた。
だから、
「あなたのためだから」
という言葉を使って
追い立てるように言っていた。
でも本当は。
どう進めていいのか、
わからなかっただけ。
冷静な母でいようとするほど、
逆に苦しくなっていた。
子どもの進路の話になると、
ずっとプレッシャーがつきまとう。
この選択で合ってる?
私の関わり方、間違ってない?
そんな中で、
あるとき気づいた。
私は「正しい母」でいようとしてた。
ちゃんとして。
間違えず。
評価される関わり方をして。
それが、
いつの間にか鎧みたいになっていた。
じゃあ、どうしたらよかったのか?
答えは
意外とシンプルだった。
未来逆算で考える。
もし、未来の私が
子どもと穏やかに話せているとしたら?
もし、未来の私が
「この子は大丈夫」って
どこかで信じられているとしたら。
その未来の私、
今の私に何を選ばせる?
完璧な答えを出そうとしない。
全部を背負わない。
「信頼できる私」でいること。
それだけで、
空気が少し変わった。
子どもも、
私も。
もし今、
進路の話になるたび
体が先に反応してしまうなら。
それは、
あなたがダメだからじゃない。
一人で正解を背負おうとしてるだけ。
今日は、
未来の私を信じる選択を。
「私は、信頼できる母でいこう」
それだけで、
十分。
ちなみに、
そのあとどうなったかというと。
息子は
自分で「やりたいこと」を見つけた。
高3の進路も
驚くほどあっさり決まり
多分学年で1番に決まったんじゃないかな。
行きたい専門学校では
AO入試で成績優秀。
学費の免除まで受けた。
あの頃、
「どこにも行けへんのちゃうか」
って怯えていたのが嘘みたいに。
それだけじゃない。
それまで
チャレンジすることを避けていた彼が、
コンテストに出たり、
緊張する試験にも自分から挑戦している。
正直に言うと
私は何か特別なことを
教えたわけじゃない。
勉強のやり方を変えたわけでも、
管理を徹底したわけでもない。
ただ一つ、
大きく変わったことがある。
どれだけ彼を信じられるか。
そして、
私はどんな未来を見ている母でいるか。
そこが変わった。
「この子は大丈夫」
「自分で選んでいける」
そう思えたとき
目の前の世界が変わった。
というより
息子の在り方が変わったように見えた。
たぶん。
子どもは、
親の言葉より
親の「見ている未来」を受け取る。
どんな目で見られているか?
どんな可能性を信じられているか?
それが
知らないうちに
目の前の世界(子どもの世界)を
形づくっていく。
って言うか
子どもに対してというより
自分自身に対してだね。
だからこそ。
進路の正解を出そうとしなくていい。
全部を背負わなくていい。
信頼できる私でいる。
それだけで、
未来はちゃんと動き出す。

