「頼るって、どうすることなんだろう」
そんなことを考えながら
洗濯物をたたんでいた夜。
時計はもう23時を過ぎている。
子どもが寝たあとのリビングは、
今日も自分ひとりの世界になっていた。
仕事でトラブルが起きた日も、
家族の前では“いつも通り”の顔をする。
疲れたなんて言葉、口にしたくない。
「お母さんがしっかりしなきゃ」が
口癖みたいに染みついている。
夕飯を終え、シンクに並ぶ食器を見て、
「あと少し頑張ろう」と気合いを入れ直す。
ほんとはもう、体の力が抜けてるのに。
手を止めたら、全部が崩れそうな気がして、
今日も立ちっぱなしのまま片付ける。
そんな自分を、“ちゃんとしてる”って
呼んできた。
でも本当は、
誰にも甘えられないこの強さの裏に、
ずっと言えなかった言葉がある。
「もう少し、誰かに支えてほしい」って。
それでも頼れないのは、
“迷惑をかけたくない”だけじゃない。
頼ったあとに「やっぱり無理だった」と
言われるのが、怖いからだ。
失望されるのが怖くて
最初から誰にも期待しない。
誰かに甘えるより
ひとりで抱えるほうがマシ。
そう思ってきたけど、
気づけば、何でもひとりでできる人になっていた。
そして、その分だけ、孤独が深くなった。
でもね。 ほんとうの強さって、
“全部できる人”になることじゃない。
自分の限界をちゃんと知って、
「ここから先は手伝ってほしい」と
言える人のこと。
それが“自分を信じている人”なんだと思う。
たとえば過去の私。
息子の宿題を見ながら、
パソコンの画面に届いたメールを
こっそり確認していた。
頭のどこかで、
「明日の会議の資料、まだ途中だな」
って考えてた。
息子が「お母さん、見て!」と
ノートを見せた瞬間、
気づいた。
私は、ここにいるのに
“いない”みたいだった。
あのとき、もし「ちょっと疲れたから
今日は一緒に寝ようか」と言えていたら、
たぶん、息子は嬉しそうに笑ったと思う。
あれが“頼る”の
第一歩だったのかもしれない。
頼ることは、弱さじゃない。
誰かに自分を委ねられるのは、
信じる力を持っている人だけ。
支えを受け取るたび
その人の世界は少しずつ広がっていく。
“見えないもの”ばかり大事にしてきた。
責任、信頼、努力。
でもそれだけで生きていくと、
いつの間にか心が乾いてしまう。
目に見えないものを守るために、
目に見える「助けて」を失っていた。
もし今、あなたが同じように
誰にも頼れない夜を過ごしているなら、
今日だけはちょっと違う選択をしてみて。
「助けて」の代わりに、
「一緒にしてもらえる?」でいい。
それが、心のドアを少しだけ開ける言葉になる。
強さって、閉じ込めることじゃない。
手を伸ばせる人こそ、ほんとうに強い。
そして、その瞬間から孤独は動き出す。
▶ 本音解放モニターセッション
(1,100円・今月限定2名)
感じることを忘れていた心に、
もう一度“息”を吹き込む時間を一緒に。
「わたしのままで生きたい」
その願いを形にしていこう。
