目の前の現実は
今感じていること(感情)が
映し出される鏡のように
そのまま反映される。
望んでいることが
なかなか叶わない時
自分の内側にある何かが
邪魔しているのかもしれない。
何が邪魔しているんだろう?
それがわからなかった。
わたしはずっと
「自分の居場所が欲しい」
と願っていた。
特別身の危険を
感じることがあるわけではないけれど
いつも心が落ち着かない。
過去を振り返り
その理由を探していくうちに、
親の機嫌次第で
叩かれていたこと。
「殺気」と言う言葉通りに
空気が変わり
人の気配を常に読んで
自分が傷つかないように
心も身も守ってきたこと。
いつも誰かの顔色をうかがい
空気を読むクセが
大人になった今も
残っていると気づいた。
だから、頭では
「私は愛されている」と
何度も言い聞かせていた。
ポジティブな愛ある言葉で
自分を満たそうと必死に
何度も唱えた。
けれど、心のどこかで
いつもざわついていた。
だって、
自分が本当に何を感じているのか?
ちゃんとわかっていなかったから。

傷ついて
思い出したくないのは
親から言われた
「否定的な言葉」ではない。
子どもの頃に親に叱られて
「ダメな子ね」って言われた時、
小さな胸がキュッて締め付けられるような
ズーンって重くなるような
あの感じ。
人格否定
全てを否定された
失望、悲しみ...
この感覚を二度と味わいたくなくて
隠して感じないようにしてたんだ。
だけど、目の前の現実は
「わたし」が創っているから
感じたくない
思い出したくない「感情」は
心の奥底に隠しても
カラダはちゃんと覚えている。
残り続けている。
ふとした瞬間に、
例えば、テレビドラマで
親子喧嘩のシーンを見た時や
街で怒鳴り声を聞いた時に
「昔の嫌なこと」を思い出して
胸がザワザワしたり
急に悲しくなったり
過剰に反応してしまう。
心って、過去の色んな経験や
その時感じたことを
全部覚えている。
それが今の私たちの現実を
創っていると言われている。
『欲しいものを引き寄せるには
ポジティブな気持ちを持つのが大事!』
ってよく聞くじゃない?
だから無理やり口角上げて
明るく振る舞っていたんだけど
心の奥底では
『笑える面白いことなんて
何一つないのに、口角上げて
いいこと起こるなんて嘘や!』
と思ってた。
無理して笑っている時って
顔は笑っていても
心は全然笑ってなくて
逆にドッと疲れてしまう。
だから3人以上の人と会うのが
すごく疲れる。
常に周りにどう思われるか?
気にし過ぎて
話したいことが話せない。
自分が何を感じているのか
全然わからなかった。
いつも頑張ってポジティブに
過ごさないといけないのって
本当にしんどい。
ずっと気を張っていて、
肩も首もガチガチだった。
「前向きでいなきゃ」
「弱音を吐いてはいけない」
「いつも笑顔でいなければならない」
世間一般で言われる
「ポジティブ」のイメージに囚われ
本当の自分の感情を無視してきた。
これこそが
「エセポジティブ」の罠だったのだと
今ならわかる。
エセポジティブは、
一時しのぎにはなるかもしれない。
周りからは
「元気そう」
「明るいね」と言われるかもしれない。
でも、心の奥底にある
根本的な問題は何も解決しない。
むしろ、
見ないように蓋をしてきた感情が
いつか別の形で噴き出してくる。
体調不良だったり
人間関係のトラブルだったり
理由は様々だ。
もうこれはさんざん繰り返し
味わってきたから
いい加減止めたかった。
無理にポジティブに
なろうとするのではなく、
まずは自分の心の声に耳を傾けること。
それは、
無理に笑顔を作ることでも
楽しいことを探すことでもなく
今この瞬間の自分の感情に気づくこと。
例えば
胸が締め付けられるような感覚があるなら
「今胸が締め付けられる感覚がある」
「ああ、私は今、悲しいんだな」
とそのまま認めること。
肩が重いなら、
「今肩が重たいな。」
「私は今、緊張しているんだな」
と受け止めること。
特別な何かをしなくてもいい。
嬉しい時には素直に喜び
悲しい時には悲しむ。
怒りを感じるなら、
その怒りを
そのままそっと見つめる。
それが、本当に望む
現実への第一歩なのだと思う。