これがね、ずっと分かんなかったのだけど。

 

 

感情のみならず、

 

本当の願望すら、 

 

 

潜在意識の奥底に沈めてしまって

 

 

 

で、 自分でも どこに沈めたか 

 

分からなくなってた様な感じで。

 

 

 

 

 

 

 

随分前に、 インチャ癒しの為の 

 

ヒプノセラピーとか、受けた事あるけど、

 

 

 

ヒプノって 意識がちゃんとある状態で受けるから、

 

 

 

子供の頃の私に 

 

「両親に何をしてもらいたい?」

 

 

と聞かれても

 

 

その時は 潜在意識から 浮上させてあげられなくて、

 

 

 

分からないから

 

 

「分からない」

 

 

と答えて、

 

 

 

でも、 セラピストさんからあらゆる角度で 同じ質問をされると

 

 

だんだん、何か答えないといけない様な気持ちになってきて

 

 

「遊園地に行きたかった」

 

 

と、答えて、

 

 

「じゃあ、遊園地に行きましょう!」

 

 

と、 両親と遊園地に行ったイメージをしたけど、

 

 

意識は  なんか違う、  と思ってた。

 

 

 

 

 

 

確かに 行きたかったんだけど、

 

 

あの頃、 根本的に 欲しかったのは、

 

そういうのじゃないな  って。

 

 

 

 

 

その根本的な望み、

 

子供の頃の私が 欲しかったものが

 

今回の帰省で、分かった。

 

 

 

 

 

私が欲しかったもの、

 

 

欲しくて 欲しくて、

 

でも 私は 得られなくて、

 

 

反面、 妹は たくさん得てたもの、

 

 

 

 

欲しくて 得られなくて、

 

やがて、 その望みを 得る事を 

 

諦めて

 

潜在意識に沈めて、

 

 

 

 

未完結な 感情や 価値観として

 

ずっと 私の中に 在り続けてたもの、

 

 

 

 

それは、

 

 

愛に溢れた 両親の まなざし

 

 

でした。。。

 

 

 

 

 

遊園地とか、特別なものじゃなくて、

 

 

 

ある日 見てしまった、

 

 

両親が 愛おしそうに 妹を見つける、 

 

あの 眼差しを

 

 

 

一度でもいい、 私にも 向けてほしかった。。

 

 

 

 

そんな、シンプルだけど

 

強く、 悲しい想いが

 

わんさか 湧き出てきて、

 

 

 

 

ああーこれだー

 

私が欲しかったものは。。

 

 

 

と 納得できました。

 

 

 

 

 

とにかく、 アスペルガー的要素だらけの

 

アダルトチルドレンの 父から 

 

理不尽に ずっと 睨まれ、 怒鳴られ、

 

 

その鋭く とがったエネルギーを 

 

HSPの スポンジの様な感性で

 

日々全身で浴び続けて 恐怖を感じ続けてきたのだからなぁ。

 

(↑自分の事も 親の事も、 頭では分かってた事。)

 

 

 

 

 

 

無意識の領域から 意識の領域へ

 

浮上したものは

 

手放せるもの。

 

 

 

 

 

 

私には その価値はない

 

 

とか

 

 

私は、 存在価値がない

 

 

とか

 

 

私は、人格否定をされて 当たり前

 

 

とか

 

 

私は居るだけで 迷惑をかけてしまう

 

 

とか、

 

 

 

 

そんな  思い込みの価値観を 創り上げてしまった

 

 

根本は

 

 

 

両親からの 愛の眼差しを求める、

 

 

でも 得られない、

 

 

子供の頃の私の その感情に  あったんだ。。

 

 

 

 

 

その感情に ずっと気づかずに

 

年月を 過ごしてきたから

 

 

 

その感情から  生まれた  価値観に

 

 

たくさん たくさん、

 

苦しんできたんだ。。

 

 

 

 

自分で自分を  苦しめてきたんだ。。

 

 

 

 

 

 

 

・・・という事が スッキリ分かった 帰省だったのでした。

 

 

 

 

寅子先生の インチャの講演で

 

 

「自分の存在が 迷惑をかけている」

 

(これが、なかなか抜けないあせる 昔より はるかにマシになっては きてるけど。)

 

 

 

と思い込んでる人には

 

 

 

ネイチュミュア  がいいと  おっしゃっていて、

 

 


 

ネイチュミュアといえば

 

私、 これまで、 鼻水とか 頭痛とか 

 

ものもらい とか

 

もちろん、心のケアにも

 

 

 

いろんな症状にヒットしてきて

 

一番使ってるレメディーなので

 

 

 


今まで 症状が出て  使う度に 毎回

 

きっと 無意識の インチャの領域にも 届いてて、

 

 


 

今回、 やっと

 

 

無意識の 奥深くに 在った  

 


 

感情と 価値観を

 

浮上 出来るにまでに、 

 

 

 

レメディーの刺激が

 

心の自己治癒力を 


 

 

発動させるに 達したのかも、

 

 

 



と、  ふと  思いました。

 

 

 



 

一度に激しく揺り起こしてくれなくとも(→高ポーテンシーのレメディー)

 

 

時間をかけて 優しく 肩をたたいて起こしてくれて

 

(→私が使ってきた 30Cとか200Cのレメディー)

 

 




 

やっと  起きる気になった、 みたいな(笑)

 

 




 

 

私は、 今まで摂ってきた すべての レメディーに対して、

 

そんな風に 感じます。

 

 




 

一つも 無駄な経験が 無い様に、

 

一つの無駄な レメディーも無いと。

 

 

 




すべての経験も  レメディーも

 

たましいへの 積み重ね  なのだと。

 

 




 

 

 

もしかしたら

 

そのレメディー達を  私に摂らせたくて

 

その時、 その症状が起こったのかも とさえ

 

思う事も あります。

 

 

 





 

そう思うと、

 

もう、 すべて 委ねていれば

 

 

いい様な、 護られている様な、

 

 

導かれている様な  感じになる。

 

 

 




 

これが・・寅子先生のおっしゃる

 

 

「信仰」 の一部を 垣間見れた



感覚だったりしたら

 

  


嬉しいなキラキラ

 

 

 

 

 

 

右矢印「ホメオパシー的信仰」に触れてる記事

 

 一度に一気に読むのでなく、

 

 ちょっとづつ読んで  自分に沁みこませたい本キラキラ