以前、友人(男性)が、こんなことを言ってました。
「世の奥さんは、ちゃんとご飯を作らなきゃとか、ちゃんと掃除をしなきゃとか、そういうところに一生懸命になるけど、男性はそういうの求めてないんだよねー。
機嫌よくしてくれてるのが何よりなんだなー。
うちの奥さんは、いつも機嫌がいいので、ぼくは嬉しい」
きっと、奥さんが機嫌がいいのは、夫である彼が、奥さんのことを「ちゃんと」見ているからなんだろうな、と思いました。
「世の奥さんは、ちゃんとご飯を作らなきゃとか、ちゃんと掃除をしなきゃとか、そういうところに一生懸命になるけど、男性はそういうの求めてないんだよねー。
機嫌よくしてくれてるのが何よりなんだなー。
うちの奥さんは、いつも機嫌がいいので、ぼくは嬉しい」
きっと、奥さんが機嫌がいいのは、夫である彼が、奥さんのことを「ちゃんと」見ているからなんだろうな、と思いました。
見ていてもらってる、存在を認めてもらってる、わかってもらっている、大事にしてもらえている、愛されているいうのは、安心感につながります。
だから、ごきげんでいられるのです。
なかには、性分的にちゃんとしたい人がいます。
好きでやっているのだから、これは問題ないです。
ですが、友人がいう「ちゃんとご飯を作らなきゃとか、ちゃんと掃除をしなきゃ」な人は、本当はしたくないのにイヤイヤしている人です。
好きでやっているのだから、これは問題ないです。
ですが、友人がいう「ちゃんとご飯を作らなきゃとか、ちゃんと掃除をしなきゃ」な人は、本当はしたくないのにイヤイヤしている人です。
なぜイヤイヤしているのかと言うと、「ちゃんとしなければダメだ」と思い込んでいるのです。
ちゃんとしないと、見ていてもらえない、認めてもらえない、わかってもらえない、大事にしてもらえない、愛されないと、思い込んでいるのです。
だから、「ちゃんとしてもしなくても、自分は愛される存在である」とわかると、やりたくないことをやり続ける疲弊感はなくなり、ごきげんさんになります。
ためしに、無理に「ちゃんとしなければ」と思っている人は、ちゃんとするのをやめてみればいいです。
ためしに、無理に「ちゃんとしなければ」と思っている人は、ちゃんとするのをやめてみればいいです。
おそらく、なんにも起こらないですよ^^
ちゃんとしても、ちゃんとしなくてもいい。
あなたが愛されるためにすべきことは、そこじゃないです。
あなたが愛されるためにすべきことは、そこじゃないです。
あなたが本当にすべきことは、あなたのことを愛していてくれる人を、それこそ「ちゃんと」見ることです。
「相手の関心に関心を持つ BYアドラー」
「相手の関心に関心を持つ BYアドラー」
やってみてね。

