今、市民講座で心理学セミナーに通ってる。
大学から講師の先生を招いた、出張講座みたいな感じかな。
テーマが「心理学から読み解く千と千尋の神隠し」。
- 千と千尋の神隠し (徳間アニメ絵本)/宮崎 駿
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- 面白そうでしょ♪
- 面白いよ♪
全4回のうち最初の2回は、ホントに心理学の基礎の基礎の話だったんだけど、3回目からはようやく、ビデオをみながら、読み解いていった。
この講座は、別に宮崎監督が本当に言いたかったことはココ、とか、映画に隠された真実が今解き明かされるぅ、みたいなのとは違って、
心理学から見てみたらこんな風にも受け取れんですよお。
だけ。
考え過ぎやん、そこまで言う?、こじつけやん、
かも。
でも、興味深いのは確かだ。
たとえばね、
この物語をすべて、千尋が思い描いた夢の話だとする。
まずは映画の冒頭シーン・・・・・
千尋は大人が決めた引っ越しに、転校を余儀なくされとてもイヤな気分でいる。
父も母も自分のココロに寄り添ってくれず、悲しい気分にもなっている。
と、千尋と両親が乗った車が山道へとさしかかる。
舗装されている道は「意識の領域」
舗装されていない道は「無意識の領域」
つまりこうしてどんどん夢の世界に入っていくというわけ。
トンネルは子宮のイメージとも言われているので、思春期前の千尋が大人になるのをためらい子宮まで逆行し、もう一度生まれ直し、生き直すという意味だとか。
その証拠に橋も渡るが、これこそが生まれ直すという意味である、と。
と、こんな感じで、ひとつひとつ心理学から読み解くのである。
千尋は、まだ大人になりきれていない思春期前の子どもなんだけど、
大人になるというのは、ココロの成長からみると、どういうことかと言えば、
ものごとには「快と不快」があるという赤ちゃん時代の感覚から始まり、
「快は好き、不快は嫌い」
「快は良いもんと安心感をもち、不快は悪もんと攻撃する」
と真っ二つに分けて考えている。
(ex出ないおっぱいに怒りまくって、全身をばたつかせ抗議する様子)
そのうち日々、経験を重ねていくと、
快の中にも悪もんがいるときもある、
不快の中にも良いもんがある、と真ん中の線引きが弱まってくる。
(ex出ないときもあるけど、出るときもあるし、どっちもボクの好きなおっぱいや❤と納得している様子)
まあこんな場合もあるわなという体験学習しかり。
映画の中の千尋は、自分の気持ちをわかってくれない両親に腹を立て、2人を不快な悪もんとみて、ブタにするという攻撃に出た。(千尋がブタにした。なぜなら、これは千尋の夢だから)
でも、千尋には、二人が完全に悪もんではない(悪もんの中にもいいもんがある)、というところまでは成長している。
だから、
①攻撃してから、あの両親は完全に悪もんではなく、大事な人なのに、と自責感に苛まれる。
②死んじゃったのではないかと心配する。
③なんとかしたいと思う。
④両親が無事だったと知り感謝する。
⑤自分の攻撃性が絶望的なものでないと知り、安心する。
この①~⑤までをなぞれば立派な大人になるということなのね
これらをストーリーに照らし合わせれば、生き直しというところが浮かび上がってくるのかな。
その大学の先生が最近の大学生は「ごめんなさい」をあまり言わない、と仰った。
これはなぜかを考えるとき、
いいものにも悪いところがある、悪いものにもいいことがある、という感覚が薄らいでるのかもしれないと分析されていた。
もし「ごめんなさい」といったら、自分は負けになって悪もんになるから攻撃されると思うのか、とも。
んじゃ、今日びの大学生にかかったら、まわりはみんなブタにされてしまうのか?
んなアホな
いいものにも悪いところがある、悪いものにもいいことがある。
お互い様じゃん。
許してあげるから、許してね。
あ、ちょっとずれた![]()