地上天国の住民への道も一歩から
2030年まであと7年
日月神示
この道に縁ある者だけで型出せよ、
カタで良いのじゃぞ。
万事神様がお膳立てしますから
~ごっつあんゴールの型~
世界救世教
私はですね、
つまり釈迦とか、キリストとかいう人が、
「天国は近づけり」と、
いまにいい世の中が来るという予言をされた・・・
予言をされたそれをですね、
キリストや釈迦は預言者で、
私は実行者なんだ、
それを実行する、と。
本当にその世界をして、
病貧争絶無の地上天国を造ると、
・・・造れということを
神様から命ぜられたのです。
その代わり私が作るのではないから、
決して骨が折れることはない。
万事神様がお膳立てしますから、
ただ、形に表れたものだけを
やればいい。
これは非常に楽なもんです。
しかし責任は重いんです。
まあ、人類肇って以来、
私くらい大きな責任を
負わされたものはないでしょう。
ところで
もう一つ私が言いたいことは、
キリスト教にある最後の審判ですね。
お釈迦様の言う仏滅の世と、
・・・これはいろいろな教祖、開祖が
言われてますけど、
私は、この二大聖者のことだけに
留めておきますけども、
それは、最後の審判というのは
どういうことかと言うと、
ただ最後の審判だけではなにか神様がこう
・・・地獄でなくこの現世に閻魔様が出てきて
裁くんじゃないかというように思うのですが、
そうじゃない。
これはちょっと、
未信者の人には、分かりにくいんですけど、
霊界というものがあるんですね、
霊界・・・。
このわれわれが物質をさわったり、
見えたりするのはこれは物質界ですね、
現界・・・それからその奥に霊界がある。
その中間に空気界がある。
空気界までは分かっているけれど、
霊界は分からない。
ちょうどさっきの野蛮時代から文化時代、
文明時代とこういうような順序です。
この三段階のうちのその物質界、
それから空気界、霊界と、
この三段階になってます。
ところが世界の循環率・・・循環率によって
明暗ですね。
暗くなったり明るくなったり、
これが一昼夜の24時間に
それがあるのではなくて
一年にも明暗がある。
一年の明暗というものは、
仮に冬は暗いということになると
夏は明るいという、こうなるんですね。
太陽の光線から言っても
夏が一番強烈なのです。
冬は一番薄いんだからして、
これも明暗になっています。
これがまた、
10年にも明暗があり、
100年にも明暗がある。
歴史上平和時代もあるし、
また暗黒時代もあるのは、
やはりそういった一つのリズムなんです。
それから今度は千年にも万年にもある。
それでいままではこの暗の時代であった。
暗い時代だった。
今度明るい時代になる。
明の時代ですね。
さっき文明の明の字を書く、
明るいという字、化ではバケですから駄目。
そうすると明るい時代になると、
そうすると、
いままでの暗い時代のものが整理される。
そして私のほうで言うと
夜の世界と昼の世界、
夜の文化と昼の文化と
・・・こう言っております。
・・・そうすると
夜の文化でいらないものが
たくさんできて来る。
昼になると電灯やいろんなそういうものが
いらなくなる。
というように、
夜に時代のものが
ここでいらなくなることが
滅びるということです。
審判ということは
その夜昼を分けるのです。
いらないものは、
まずしまうか、壊してしまう、
これから明るいものを
だんだん造っていくと、
こういう具合です。
そうすると、
いまの霊界が明るくなると
どういうことになるかと言うと、
人間にですね、
人間というものはやはり体と霊と
その間に空気に相応すべき水分というものがある。
水蒸気ですね。
これが人間の体に非常にある、
そういう三段階になっているうちの人間の霊ですね。
魂と言ってもいい、
それが霊界に属している。
霊界が明るくなると、
それの明るさに相応しない魂の人は、
どうしてもその相応するように、
その曇りを取られるのです。
取られると言って、
なにか故意に取るわけではなくて、
自然に浄化すべき、汚いものを、
きれいに替えなければならない。
そうすると魂の汚い人は、
霊界が明るくなるにつれて掃除をされる、
それが、ま、苦しみです。
で、病気の原理も
そういうことに説いてあります。
それでやると病気というのは
よく分かるのです。
(中略)
いまいったような具合に、霊です。
霊の曇りを明るさに相応するようになるときに、
病気ぐらいですめばいいけれども、
そうでなくてもっと強くすると、
もう病気なんかに堪えられないで、
その人は死んでしまう。
病気というものも、
少しずつ来るから病気で、
あれでいいのですがね。
あれで一遍に来たら倒れてしまう。
最後の審判というのはそれなんです。
そこでだんだんだんだん
この霊界が明るくなるにつれて、
そして一遍にやられることになると、
そのために命を失うことになる。
それが大量になる。
大量になってはかわいそうだからというので、
そのことを知らせる、
こうしてお知らせするわけなんです。
知らせて助けなければならないというのが、
神様の御意志である。
で、私は神様に、それを命ぜられた。
そして、こうしてお知らせするわけなんです。
そうしておいて、
私はですね、
つまり釈迦とか、キリストとかいう人が、
「天国は近づけり」と、
いまにいい世の中が来るという予言をされた・・・
予言をされたそれをですね、
キリストや釈迦は預言者で、
私は実行者なんだ、
それを実行する、と。
本当にその世界をして、
病貧争絶無の地上天国を造ると、
・・・造れということを
神様から命ぜられたのです。
その代わり私が作るのではないから、
決して骨が折れることはない。
万事神様がお膳立てしますから、
ただ、形に表れたものだけを
やればいい。
これは非常に楽なもんです。
しかし責任は重いんです。
まあ、人類肇って以来、
私くらい大きな責任を
負わされたものはないでしょう。
そうするとそれによって、
偉い人たちの予言が合ってくるんです。
ですから私のほうで言うには、
もしキリストや釈迦の言った予言が、
実際実現性がないとしたら、
予言ではなくて虚言だと言うのです。
いわゆる虚言とは嘘つきです。
あんなに偉い人が嘘をつく
というはずがないんだから、
いずれは誰かが、実現されるものが
出なければならんというような意味で、
それで、その担当者として私が選ばれた、
とこういうわけなんです。
私はこういうことを、
こんな大きなことを言うってことは、
実際つらいです。
あんまり大それたことのようで
言いにくいものですから、
いままでは言わなかったんです。
しかしだんだんだんだん今言う
夜から昼間になる時代が
迫ってきます。
それで人類を救うには早く大勢の人に、
それを耳に入れなければいかんというわけで、
今日初めて大勢の方の前でしゃべるのです。
(省略)
私が言うとおかしいですが、
私は宗教には興味がないのです。
メシヤ教の目標は最高の文化です。
寧ろ文化を指導する位の
権威がなければならないのです。
本教が
地上天国を造る事によって、
キリストの予言は的中する
のである。
思想が良くならないと
政治が良くならない
救世教が良くならないと
日本は良くならない
救世教が日本の雛形にならねば
日本が良くならないと
世界は良くならない。
日本が世界の雛形にならねば
世界救世教
◆最後の審判は世界的な大芝居
お筆先に
「いよいよ立替えが始まりても、
神に縋りておりたる者は
高見で見物を致させるぞよ」
経綸の主体は大弥勒の神
今は、
意味なんてわからなくていいから、
このワードだけは、
頭に入れておけよ!
このメッセージがわかる人、
7人に伝わればと
早う誠の臣民ばかりで固めてくれよ。
神世の型出してくれよ。
時、取り違えぬように、
時、来たぞーー!!
-
天国の福音と真理は
普く宣べ伝えるべし
しかる後
世の終りも来る
と共に
天国も出現する


















































































