地上天国の住民への道も一歩から

2030年まであと7年

 

 

 

 

日月神示

この道に縁ある者だけで型出せよ、
カタで良いのじゃぞ。
 

 

 

 

内なる美のオーラを

~解き放ての型~

 

 

 

 

 

人が人に伝える。

 

菩薩が菩薩に伝える。

 

如来が如来に伝える。

 

 

 

 

大自然の美と人工の庭園美とが

調和した芸術。

 

ここ神仙郷は地上天国の雛形として、

美しい佇まいを魅せています。

 

 

神の意図のままに

神仙郷を造られた明主様の御心は、

この庭園の隅々まで活きています。

 

 

このような美に触れることによって、

人は心の中にある美しさを

引き出され、

 

 

 

品性は向上し、

魂の穢れは洗い清められるのです。

 

この世の中は、

 

 

 

明るい幸せに満ちた天国で

なければなりません。

 

明主様の御理想は

美しい平和な世界を造ることでした。

 

この世の中を

明るい幸せに満ちた天国にする。

 

 

その目標に向って、

明主様は力強く進まれました。

 

 

 

 

 

 

◆御 詠

美を好む 人造らんと吾は今 

美術の館 打建てにける

 

 

 

苦悩に満ちた人の世に

光明が満ち溢れる時が来たのです。

 

 

 

 

  (光明)

 

 (大光明)

 

 

 

 

シセル光明 地上天国を築く

 

 

 (光明如来)

 

 (大光明如来)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上天国を造る根本は、

人類思想の統一。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上天国を造る根本は、

人類思想の統一。

 

 

 

資本主義にしろ

共産主義にしろ

唯物思想ですから、
物そのものによって

自分の主義の時代を得ようとしたわけです。

ところがどちらも、
唯物思想では間違っている

ということに
だ ん だ ん 気が付いていくのです。

 

 

というのは唯心思想です。
唯心思想というのは

根本的に言えば神様は在る

 

 

という思想というか、

 

 


信念といいますか、

 

 

そういうような

古くて新しいものです。
そういう思想が生まれるのです。


そこでつまり私が以前から言っている
唯心唯物両方の思想が

調和したものです。

 


これが

コントロールされた思想です。

それが だ ん だ ん 勃 興 

していくのです。

 


そうして

その思想の指導者が救世教なのです。
 

 

つまり言えばメシヤ思想です。
というのはいつも言っている通り、

伊都能売(いづのめ)です。
伊都能売(いづのめ)思想です。
つまり

右によらず、

左によらず、

十の字です。
経緯(たてよこ)結んだ、

そういう思想が生まれるのです。

 

 

 

 

 

 

思想が良くならないと

政治が良くならない。

 

政治が良くならないと

経済が良くならない。

 

 

 

救世教が良くならないと

日本は良くならない。

 

救世教が日本の雛形にならねば

 

 

日本が良くならないと

世界は良くならない。

 

日本が世界の雛形にならねば

 

 

 

 

 

 

岡田茂吉師 明主様

 

 

 

 

◆三千世界の大芝居

以前も言った通り、

 

恐怖時代の一歩に入ったわけでもあります。
そうなると

救世教というものの発展が著しくなり、

大いに発展するわけです。
その段階に入って来たわけなのですから、

大いに働き甲斐があるわけです。


今まで抑えつけられていたのが、

その抑えつける力が弱るわけです。
今まで十回も二十回も話をしなくては

分からなかったのが、

 


今度は五回、六回で分かる

というような意味になるわけです。

 


そうかといって、
神様のことは急に目に見えるようには

現れないものなのです。
つまり何となくジリジリジリジリ

進んで行くわけです。

 

 


今年、来年、再来年というように、

年々早くもなるし、
それからはっきりしてくるのです。

 


とにかく

今年から神様が表になった

ということは確かなのです。

 

世界メシア教

 

世界救世教いづのめ教団

 

東方之光


そこで救世教というものは
今年から世界的に非常に知れてゆくわけです。
いわば、いよいよ舞台に上がったわけです。

 

 

 

今までは楽屋で

いろいろ支度をしていたのが、
いよいよ支度ができたので

檜舞台に上がるということになるわけです。



やっぱり芝居と同じですから、

序幕です。
これはお筆先にありますが、

「今度は三千世界の大芝居であるから、

悪の役もあるし善の役もあるから」

 

 

 


というのがあります。

お筆先というのは実によく書いてあります。
というのは、

今まで随分教団の邪魔をしたり、
いろいろ良からぬ人が入って来ました。


ところがそういう人に

「あいつは悪い奴だとか、あいつはいけない」

とか言いながらも、
結果においては

なかなか良い役をしてます。

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コウジ【KOUJI】

 

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それは悪い人間でなければ

できないような良い役をしてます。


だから本当にご苦労様と

礼を言いたいくらいです。

 


これがちょうど、今言った、
善の役と悪の役と両方拵えてある

 

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使命を果たす為に来たんだろう。

 

 

 

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ということがはっきり分かるのです。 

 


もっとも芝居でも映画でも、

ああいった脚本でも、
善人ばかりでは芝居にならないので、
悪人に善人が苦しめられるという、

そこに一つの脚色ができるのですから、
なるほど芝居という意味からみると、

悪の役も要り用だったわけです。

 


そういうようで、

神様がやられることは実に深いです。
ですから
「あの人はああいうことをしているから

 悪い、 間違っている」
ということは、

とても言えるものではないのです。
そう言っている人は、

実はその人自身が悪いことをやっていて、
悪いことを言われている人は

善いことをやっているかもしれません。


お筆先に
「一生懸命、神のためと思い、

間違うていることをしている人は、

神も困るぞよ」

 


というのがあります。
 

「これが神様のためだ、これが本当だ」
 

と言って一生懸命にやっていることが、
案外神様のお邪魔になっているというわけです。


そこで人間、特に信者は、
善とか悪とか決めることは

大変間違っているのです。

 


また分かるものではないのです。
ただ、自分が善いと思うことを

していればそれでよいので、
人が善いとか悪いとかいう、

それが一番危険なわけです。
 

 

なにしろ

世界人類を救う

というのですから、
開闢(かいびゃく)以来ない大きな仕事です。


お筆先に
「大きな器には大きな影がさす。
だから器が大きくなければ

神の仕事はできんぞよ」

 

 

 

 

 

 

というのがあります。
よほど大きな器で、

要するに大局的にみるというわけです。


 

「大乗の善は小乗の悪であり、

 小乗の善は大乗の悪である。」

ということは何事にもあります。
 

     

 

 

 

世界救世教

 

◆最後の審判は世界的な大芝居

お筆先に
「いよいよ立替えが始まりても、

神に縋りておりたる者は

高見で見物を致させるぞよ」 

 

 

 

 

 

 

経綸の主体は大弥勒の神

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今は、

意味なんてわからなくていいから、

このワードだけは、

頭に入れておけよ!

 

 

 

 

 

 

 

早う誠の臣民ばかりで固めてくれよ。

神世の型出してくれよ。

時、取り違えぬように、

時、来たぞーー!!

 

 

 

 

天国の福音と真理は

普く宣べ伝えるべし

しかる後

世の終りも来る

と共に

天国も出現する

 

 

 

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