地上天国の住民への道も一歩から

2030年まであと7年

 

 

 

 

日月神示

この道に縁ある者だけで型出せよ、
カタで良いのじゃぞ。
 

 

 

 

救世教は主神の力

~主人公はQか、Xかの型~

 

 

 

世界救世教

 

救世教は主神の力、

というのはあるんです。

 

 

 

 

◆「主の文化」とは

 

この標題を説くに当たっては、

まず最初Θ(す)の意味から書いてみるが、

見らるる通りΘ(す)とは、

〇の真ん中にゝがついている。

 

 

ただこれだけなら別に大した意味はないが、

実はこのΘの形ほど

神秘偉大な意味はないのである。

それは何かというと、

この〇はこういう意味である。

つまり、神羅万象一切の形は〇である。

第一地球も太陽も月もそうであり、

 

 

勿論この世界も〇であるが、

〇だけでは輪であるから、

中身は空虚である。

人間でいえば魂がないわけであるから、

この真ん中へチョン

すなわち魂を入れれば、

生きた人間になり、

活動できるのであるから、

Θとは空ッポに魂が入った形である。

 

 

 

 

歳をとるってことは

魂が老けることじゃない。

僕はいつもそう思ってます。

 

ヨロシク!

 

ーーーーーーーーーーーー

 

昔から美術家などがよく言う

入魂という言葉がこれである。

 

 

 

この理によって今までの世界は、

チョンすなわち魂がなかったのであるから、

以前私は外郭的文化と書いたのは

この意味である。

何よりもこの理はあらゆる文化面に現れている。

いつも言う通り

病気に対する対症療法がそうで、

痛みや痒みを外部から注射をして

麻痺させたり、薬を塗ったり、

発熱を氷で冷やしたり、

服薬で浄化を止めたりして、

一時的苦痛を免れるのであって、

中心には触れていないから

根治は無論不可能で、

時が経てば必ず再発する。

つまり病気の延期でしかないのである。

というわけで

病原もチョンにあるのだが、

それが今まで分からなかったのである。

 

その他、犯罪にしてもそうだ。

現在は刑罰の苦しみで懲りさせ、

防止する手段以外方法がない。

医学と同様対症療法であるから、

大抵はいったん犯罪を犯すと、

二度も三度も犯すようになり、

 

 

中には何十回も犯す奴さえできる。

 

 

戦争にしてもそうだ。

軍備を充実させれば、

相手は勝ち目がないから一時やめてしまう。

 

 

つまり延期手段でしかないので、

いつかは必ず始まるというのが

歴史上明らかな事実である。

 

 

こうみてくると

 

 

今までの文化は〇だけで、

チョンがなかったことが

よく分かるであろう。

 

 

 

 

◆無神論に就いて

 

~抜粋~

しかも規則正しい天体の運行、

昼夜の区別、四季の変化、

一年三百六十五日の数字、万有の進化、

止まるところを知らない

文明の進歩発展等々はもちろん

全体この世界はいつ出来たのか、

いつまで続くのか、

永遠無窮(むきゅう)かそうでないのか、

世界の人口増加の限度、地球の未来等々、

何も彼も不可解で見当はつかない。
 以上のごとくにして一切は黙々として

一定の規準の下に

一粍(ミリ)の毫差(ごうさ)なく、

一瞬の遅滞もなく流転している。

 

しかしそれはそれとして、

一体自分という者は何がために生まれ

何を為(な)すべきであろうか、

 

ーーーーーーーーーーーーーー

「象山先生お教えください。

今私が成すべきこと、

一体この混乱の世に私は何を?」

 

image

 

「それで私に出来ることは?」

 

 

「しらん。」

 

 

「し・ら・ん・・・。」

 

 

「自分のことは自分で考える」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

いつまで生きられるのか、

死んだら無になるのか、

それとも霊界なる未知な世界が在って

そこへ安住するのか等々。

これらも考えれば考える程分らなくなり、

どれ一つとして分るものはない。

仏者のいう実にして空、

空にして実であり、

 

 

 

 

天地茫漠(ぼうばく)、

無限無窮の存在であって、

これより外に

形容の言葉を見出せないのである。

これを暴(あば)こうとして

人間は何千年も前から、

あらゆる手段、特に学問を作り

探究に専念しているが、

今日までにホンの一部しか分らない程で、

依然たる謎である。

としたら大自然に対する人間の智慧などは

九牛の一毛にも当るまい。

これも仏者のいわゆる空々寂々である。

 

 

ところが

人間という奴自惚(うぬぼ)れもはなはだしく、

自然を征服するなどとホザいているが、

全く身の程知らずの

戯(たわ)け者以外の何物でもあるまい。

 

故に人間は何よりも人間自体を知り、

大自然に追随し、その恩恵に浴する事こそ

最も賢明な考え方である。

 


ところで

以上のごとき分らないずくめの世の中に対し、

たった一つハッキリしていることがある。

 

 

それは何であるかというと、

これ程素晴しい世界は一体誰が造り

自由自在思うがままに

駆使しているのかという事である。

 

 

 

 

そこでこの誰かを想像してみるとまず

一家庭なら主人、

 

 

一国家なら帝王、

 

 

 

大統領

 

 

 

 

といったように、

この大世界にも

主人公がなくてはならないはずであり、


 

 

この主人公こそ

右の誰である神の名に呼ばれている

X

 

 

 

 

でなくて何であろう、

 

 

というより外に結論が出ないではないか。

 


以上の意味において、

もし神がないとしたら

万有もない事になり、

無神論者自身もない訳である。

~省略~

 

 

◆主神

すべての存在の根元
主神に対しては、

これを表現し奉る言辞もなく、
文字もなく、

ただ無限絶対の力徳の中心であり、
一切の根元であると申すよりほかはない。

 


 

 

 

 

この惑星のイタリアでは、

誰もが映画の主人公気取りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でき上がるまでは

誰にもわからんが、
でき上がったら、

何とした結構なことかと

皆がびっくりするのだぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主人公はQなのか?、Xなのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

X 感じてみろ!

 

 

エーックス 

叫んでみろ!!

 

 

 

 

 

 

x japan x 1989

 

 

 

経綸の主体は大弥勒の神

 

 

 

今は、

意味なんてわからなくていいから、

このワードだけは、

頭に入れておけよ!

 

 

 

 

 

 

 

このメッセージがわかる人、

7人に伝わればと

 

 

 

 

 

 

早う誠の臣民ばかりで固めてくれよ。

神世の型出してくれよ。

時、取り違えぬように、

時、来たぞーー!!

 

 

 

天国の福音と真理は

普く宣べ伝えるべし

しかる後

世の終りも来る

と共に

天国も出現する

 

 

 

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