地上天国の住民への道も一歩から

2030年まであと8年

 

 

 

 

日月神示

この道に縁ある者だけで型出せよ、
カタで良いのじゃぞ。

 

 

 

常識ほど簡単に変わるものを

~俺は知らないよ山本耕史の型~

 

 

 

 

 

TVCM「Z空調 全館空調だな篇」

ヒノキヤグループ

 

 

 

空が回るのではない。

地球が回っているのだ。

 

真実に気づくことで

人類は進化する。

 

そして今、

私達は気づいた。

病気と闘うのは薬だけではない。

体が持つ闘う力を引き出すのだ。

 

 

 

 

【衝撃作】

「ロックフェラーに学ぶ悪の不老長寿」を

世界一わかりやすく要約してみた【本要約】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界救世教

 

頭痛に鎮静剤、

鼻にコカイン、

眼に点眼薬、

扁桃腺炎にルゴール、

あらゆる膏薬、塗布薬等々

 

 

道理は一つで、

 

 

いずれも

一時的効果を狙ったものに

すぎないと共に、

必ず中毒となるのである。

 

 

 

 

◆医学の根本的誤謬

 

霊を無視し体のみを対象とする

 

現代医学の欠陥は、

霊と体で構成されている人間を、

霊を無視して

体のみを対象とすることと、

人間と動物を同一に視ている点で、

これが主なるものであることを

知らねばならないのである。

(昭和27年「文明の創造」「病気と医学」)

 

 

◆神に操られている明主様

 

私の説は、

かつてガリレオ、コペルニクスの

地動説が当時の宗教的宇宙観を

科学で覆したのとは逆に、

全人類の信奉する病に関する科学的解釈を

宗教で覆し、

文明の大転換を引き起こすものである。

 

 

そうして

この前代未聞の企画者こそ

主神である以上、


 

人間としては

どうにもならないのは勿論で、

私といえども神に操られているに

すぎないのである。

 

 

(昭和28年4月15日)

 

 

「それでも薬は毒だった」

 

 

◆御 詠

昔より いくつか革命ありつれど 

医学ほど大き革命なかりき

 

幾千年 全人類が信じ来し 

医学を吾は革命せんとす

 

曲神の 手に握られし人間の 

命は神の御手に復へらむ

 

 

 

 

世界救世教

 

◆人間は健康の器

自観叢書10編『神示の健康法』

 よく昔から人は病の器などというが、

これほど間違った話はない、

吾らはこれを訂正して

人は健康の器なりというのである。

前項に述べたごとく

元々人間は健康に造られたものである

からである。

 

ところが

実は病なるものは人間に付物で、

どうしても解決出来ないのが現実で、

やむを得ず宿命として

諦めてしまったのである。

 

もちろん人間一度病に罹るや

なかなか簡単には治らない。

長くかかったり頻繁に病気に罹ったり

人によっては健康時よりも

罹病時の方が多い事さえある。

それがため病の器としか思えないので

そのような状態が長く続く事によって

病の器などという言葉が出来たのであろう。

 

というのは

病気の本体が不明であったからで、

病気も死の運命も免れ得ない

とされて来たのは無理からぬ事であった。

彼の釈尊の言われた生病老死の諦めも

そのためである。

また今日予防医学という事を言われるが、

これらも一度病に犯されるや

容易に治し得ないからの

窮余の産物としか思えない。

 

何となれば

もし医学が治病能力が絶対であるとしたら、

予防医学など考えられ得ないからである。

 

ここで再び本論へ戻るが、

前述のごとく

病原である反自然とは

いかなる点であるかを説明してみるが、

まず人間罹病するや唯一の方法として

薬剤を用いるが

これがそもそもの誤謬である。

 

 

薬剤とは漢方においては

草根木皮、洋方においては

鉱物植物等から抽出されるもので、

これが根本的反自然である。

考えてもみるがいい。

右のごとき

薬剤の性質は必ず苦味、臭味、酸味等、

例外なく人間の嫌忌(けんき)される味を

もっている。

よく昔から「薬の後の口直し」という事が

よく物語っている。

これらの呑み難いのはなぜであろうか

 

 

を考えるべきで、

神は有毒であるから服んでは

不可である事を示されている

のである。

 

彼の苦痛緩和用の麻痺剤としての阿片は

罌粟(けし)の花から採るのである。

 

 

元来芥子(けし)の花とは

神が人間の眼を楽しませる

目的で造られたもので

決して人間が服むべく造られたものではない。

また近時流行薬の一として用いられる

ペニシリンにしても、

 

 

原料は植物の苔という事であるが、

これらも人間が口へ入れるものとして

造られたものではない。

石または土に美観を

添えるためのものである。

 

この理によって

あらゆる飲食物は

人間の嗜好に適するよう

造られている以上

それを食えばいいので、

 

それが自然である。

 

 

よく何が栄養になるとかないとか

いうような事などはもちろん誤りである。

食物はすべてその土地の気候風土によって

幾分の差異はあるが、

それがその土地に生れた人間に

適すべく生産されているのである。

 

 

 

黄色人が米を食い、

白色人が麦を食うのもそうであり、

 

 

日本が島国であるという事は

魚食を多くせよという事で

大陸人は肉食である事も

それでいいのである。

 

この理によって

農民の菜食も自然に適っている。

二六時中休みなく労働に堪え得るという事は、

菜食が適しているからである。

その理を知らない栄養学は

近来農民に魚肉を食わせようとするが、

これを行えば農民の労働力は減少するのである。

それに引換え漁民は魚食のため

持続的労働は出来ない、

間歇(かんけつ)的に労働する。

また魚食は敏感性を高めるので

漁業に適するので

自然は実によく出来ている。
 

以上は、

薬剤と食物の反自然的誤謬を概略かいたが、

特に薬剤がいかに有毒であるにかかわらず、

なぜ昔から応用したかという

根本原理を漸次説き進めてみよう。

 

 

 

 

信じない者は救えないのです。

 

 

 

 

 

信じる気持ちが、

魔法のはじまり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天国の福音と真理は

普く宣べ伝えるべし

しかる後

世の終りも来る

と共に

天国も出現する

 

 

 

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