地上天国(ミロクの世)の住民への道も一歩から
2030年まであと9年
日月神示
いろんな角度から見てみる
~観音信仰の型~
世界救世教
仏教、キリスト教を救う
~それが救世教の使命~
◆大いに御教書を読むべし
~省略~
だから出来るだけ御教書を読むことで、
読めば読むほど信仰が深くなり、
魂が磨けるのである。
御教書の拝読を疎(おろそ)かにするものは、
力が段々減るものである。
信仰が徹底すればする程、
貪るように読みたくなるもので、
繰り返し繰り返し肚に入るまで
読むのがよいのである。
勿論読めば読むほど
御神意がハッキリ分かるものである。
~省略~
観音信仰
『地上天国』3号、昭和24(1949)年4月20日発行
人間生活において何事もそうであるが、
特に観音信仰においては
円転滑脱自由無碍でなくてはいけない。
円転とは丸い玉が転がる
という意味であるから、
角があっては玉が転がらない。
俯瞰でみることを意識する。
前後左右、上下、どこから見ても
角のない球体を意識する。の型
世間よくあの人は苦労人だから
角が除れてるというが全くその通りである。
ところが世の中には角どころではない、
金平糖のような人間がいる。
こういうのは転がるどころか、
角が突っかかってどうにもならない。
そうかと思うと
自分で型を作って
その中へ入り込み
苦しむ人もある。
それも自分だけならまだいいが、
他人までもその型の中へ押込んで
苦しませるのをいいと思う人があるが、
これらは小乗的信仰によくある型で、
いわゆる封建的でもある。
こういうやり方は信仰の上ばかりではない、
社会生活においても
カビ臭くて、鼻もちがならない。
そうして自由無碍という事は
型や枠を造らない、
戒律もない、天空海かつ〔闊〕の自由で、
無碍もそういう意味である。
ただ自由といってもわがまま主義ではない、
人の自由も尊重する事は
もちろんである。
観音信仰は大乗信仰であるから、
戒律信仰とはよほど違う点がある。
しかし戒律信仰は、戒律が厳しいから
仲々守れない、
止むなくつい上面だけ守って蔭では
息つきをやるという事になる。
つまり裏表が出来る訳で
そこに破たんを生ずる。
と共に虚偽が生れるから悪になる。
この理によって小乗信仰の人は
表面が善で、内面は悪になるのである。
tiger in my love 鬼束ちひろ
◆御 詠
如何ならむ 事も耐えて時を待つ
人こそ観音行の人なり
如何ならむ 事も堪へてさりげなく
微笑みあしらふ人となれかし
それに引換え大乗信仰は
人間の自由を尊重するから
いつも気持が楽で、
明朗で裏表などの必要がない。
従って、
虚偽も生れないという訳で、
これが本当の観音信仰であり、
有難いところである。
また小乗信仰の人は
不知不識(しらずしらず)虚偽に
陥るから衒(てら)いたがる、
偉くみせたがる。
これが臭気芬々(ふんぷん)たる味噌になって
はなはだ醜いのである。
そればかりか反って逆効果となり、
偉く見えなくなるものである。
小人というのはこういう型の人である。
またこういう事がある。
私は普請をする時には
いつも職方と意見が異(ちが)う。
どういう訳がというと、
職方はただ立派に見せようとするので、
それが一種の嫌味になるから私は直させる。
人間も右と同様で偉く見せないようにする人は
すべてが謙遜となり、奥床しく見えるから、
そういう人は心から尊敬されるようになる。
ゆえに観音信者は
心から尊敬される人に
ならなければならないのである。
いろんな角度から見てみる
(岡田茂吉研究所)
主神は真善美完き
理想世界の実現を意図されている。
物質文明が成熟し、
人類思想の統一も可能となり、
その条件が整った今こそ
人類が理想世界実現を
目指す時である。
日本が良くならないと
世界は良くならない
日本が世界の雛形にならねば
このメッセージがわかる人、
7人に伝わればと
早う誠の臣民ばかりで
固めてくれよ。
神世の型出してくれよ。
時、取り違えぬように、
時、来たぞーー!!
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天国の福音と真理は
普く宣べ伝えるべし
しかる後
三千年分の
諸々の枉事罪穢を
祓ひ給へ浄め賜へ
を越えて
ピッカピカの
明朗清純な光明世界至る






































