地上天国(ミロクの世)の住民への道も一歩から
2030年まであと9年
日月神示
最終的には勘の型
実践経営学入門(抜粋版)
幸福の科学 公式チャンネル
最終的に経営者は
突き詰めていくと
勘ですね~。
集めるだけの材料を集めて、分析して、
経営の理論を使えるだけ使って考えて、
この世的にやれるだけの事をやって
詰めなきゃいけないんですけども、
最後はどうしても飛び越さなければ
いけない部分があります。
飛び越さなきゃけいところは
勘が働きます。
この勘がハズレるかハズレないか
というところが大きいと思うんですね。
それが結果論的には運がいい、
ということになると思うんです。
だからこういう意味での
勘の良さと運の良さの部分は
実は宗教修行をやっていても、
十分鍛えられる部分でありますね。
現実に神仏の光に
接している時間を
多く持つことによって、
一瞬の判断ですね、
車でもありますけども、
曲がりくねった道で一瞬の判断で
命を落とすこともありますげども、
そういう時に的確のインスピレーションが
降りて来るかどうかっていうのが
大きいと思うんですね。
人は、生まれてきて最初の十年は、
己のことだけを考えればよい。
そして次の十年は、
家族のことを考える。
二十歳になってからの十年は、
生まれた故郷(くに)のことを考える。
そして三十になったら
日本のことを考える。
四十になったら、
世界のことを考える
鬼瓦、故郷(くに)は何処だ?
生まれは武蔵の国、多摩郡です。
よし、今はその多摩の田舎のことだけを
考えれば良し。
但し、10年後
日本のことを考えねばならなくなった時に
正しい判断が出来るように
今から勉強しておくのだ。
最終的には勘ですね
納得いかない方には
直観力ですね。
納得いかない方には
世界救世教
◆魂を磨く三種の方法
信仰の目的は魂を磨き、
心を清めることであるが、
その方法としては三つある。
一つは難行苦行や災害による苦しみと、
二つは善徳を積むことと、
三つは高い芸術によって、
魂を向上させることとである。
昔の人は難行苦行の苦しみの修行です。
救世教は楽しみながら覚者たり得るんです。
良い気持ちで魂を向上する
というやり方なんです。
これは今までとは反対で、
今までにはなかったんです。
というのは救世教は天国を造る
というんですから、
あくまで天国的のやり方なんです、
◆魂の向上の原点
心を常に神に向ける
信仰に入り、常に神に向っていれば、
霊線を通じて神の光が魂に注入され、
光が増えるから曇りが減るので、
そのため動物霊は苦しみ、
居候の方は早速逃げ出すが、
元からいる副守護神は縮んでしまい、
悪はできなくなるのである。
◆深く神を信じる
「魂の白い黒いを何よって判断するか」
という質問に、
「その人の行為の善悪から
魂の白黒を判断できない」
「善行あるいは悪行の刹那だけ
論じるにしても分からない」
「自分自身が向上すれば
他人の魂の向上を考える必要もない」
と御垂示があり、
さらに
「自分が向上する方法は何でしょうか」
という質問があったのに答えられて。
神様を信じていれば
白くなるに決まってます。
ただ人の白い黒いは
分かるわけがないのです。
◆人を裁く勿れ
人間が人間に対して、
善悪正邪など
分かるものではない。
◆誠から良い政策が生まれる
本当に国を想い、社会を想い、
人民の幸福を想って言う言葉は
必ず人を動かす良いものが
ほとばしるですね。
◆お任せして頭を空っぽにする
物事を難しく考えてもいけないし、
単純に考えてもいけないですね。
どうしてかというと、
考え過ぎて結果が悪いことがあるんですね。
だから、できるだけ単純にですね。
私なんかも難しくなることがあるが、
ごく単純に考える。
そうして、あとは神様に任せるんですね。
だから始終気が楽です。
人間は、気が楽だと
良い考えが浮かぶんです。
気が楽でないと、
良い考えが浮かぶ余地がないんです。
ですから、始終頭の中を空っぽにしておくと、
良い考えが浮かびやすいです。
それから、良い考えというのは、
正守護神がヒントを与えるんです。
神様は、人間に直接ということはない。
正守護神に知らせて、それから来る。
ところが、頭一杯あると、知らせてもーーー
アンテナが、働きが悪いんです。
だから、良い考えが浮かばない、
というのは、そういうわけですね。
これは、
一種のインスピレーション
みたいなものですがーーー
始終、ゆったりした気持ちでね。
ところが、いろいろ心配事や、
気にかかることがあると、そうはいかない。
ところが、やりようによって、そうではない。
私は、昔はよく気になることが、
いろいろあると、他のことは頭に入らない。
ところが、だんだん信仰に入って、
そういうことは、
神様にお任せしてしまうと言って、
忘れちゃう。
これは、そういう癖をつけちゃうんです。
一種の修行ですね。
よく他の人が、いろいろな心配事を言うが、
私は笑っているので、びっくりしてしまう。
普通の人では、それができませんよ。
それについて書いてある。
(御論文「お任せする」)
◆神様に惚けるな
神様にお任せするということは良いんですが、
神様に惚けるというのはいけないんです。
これは神様の思し召しだろうと思うと、
そればかりじゃ失敗してしまう。
そこにおいて叡智(えいち)というのが
必要になる。
結局において、
一つのことに
とらわれてはいけない。
また人間力に
とらわれてはいけない。
あらゆるものを総合調和させる
というんです。
それが、一つの伊都能売の働きですね。
それによってーーー伊都能売というのは、
経(たて)にあらず、緯(よこ)にあらず、
経であり緯でありというので、
そこに言うに言われない
一つのものが出来上がるわけですね。
それが一つのーーー
仏教の方でいうと、
妙智というんですね。
◆経営者は総合芸術家

経営者というものは、
私は、広い意味で芸術家やと思うんです。
というのは、経営というものは
一種の総合芸術と思うから。
一枚の白紙に絵を描く、
そのできばえいかんで、
いい芸術家と評価され永遠に残る。
要するに、白紙の上に
価値を創造するわけですわな。
これ、経営と同じです。
むしろ、われわれ経営者というものは、
白紙の上に平面的に
価値を創造するだけじゃない。
立体というか、
四方八方に広がる
広い芸術をめざしている。
それだから、生きた芸術、
総合的な生きた芸術が経営だと、
そういう観点で経営を見なければ
ならんというのが、
私のとらえ方です。
単なる金儲けとか、合理的な経営をするとか、
そんな目からだけ見たらいかん。
結局、人生とは何なのか、
人間とは何かというところから
出発しなければいけない。
それは、人前では、
「商売人です、毎度ありがとうございます」と
言うているけども、
内心では、すこぶる高く
自分で自分を評価しているんです。
総合芸術家なんだと。
だから、その評価に値するだけの
苦心なり、悩みがある。
これが経営者というものの本来の姿です。

そういう誇りと、その誇りに伴う
さまざまな苦難というか、
苦悩というものは、"味わい”をもっている。
作品ができた、仕事が進んだというときの
それによって、
自分というものを考える。
長い経験のなかで、
やめたいと思ったことはあるけれど、
それだけだったらほんとうにおしまいだからね。
やっぱり、そのときに意識転換をやらんとね。
行きづまりになる寸前に、
百八十度転換して
苦しみを楽しみに変える
ということをやらないといかん。
世界救世教
◆智慧の出ない時はやめる
◆人間の考えで定めてはいけない
考え過ぎない
迷いというものは
全然無くなるということはないのです。
どんな偉い人でもーーー私でもあります。
ただ迷いが無くなるのが
早いのと遅いのとの違いです。
私なども、迷っても半日くらいです。
私は、物事をみるとすぐ結論が分かるのです。
ですから、こうして庭や建築とか
いろいろな事をみても
すぐパッと分かるのです。
首をひねるようなことはありません。
もしその時パッと出ないと、
考えないで放ったらかしておくのです。
それはやはり時があって、
何かの時にパッと分かるのです。
というのは順序があって、
神様の方で、早過ぎると知らせないのです。
それで時期が来ると分かるわけです。
ですから迷わないで分かるわけです。
ところが今の人は霊が曇ってますから、
どんな偉い人でも始終迷いに迷い、
考えに考えているのです。
で、あんまり考えたりするのに
碌な智慧は出ないのです。
だからやり損なったり、
自分で求めて失敗を
つくっているのです。
2極化された勢力
無神論者陣営と
有神論者陣営の
間に入れる国があったとしたら
それは一ヶ国しかありません。
それは日本なわけですね。
日本が良くならないと
世界は良くならない
日本が世界の雛形にならねば
このメッセージがわかる人に伝わればと
刻一刻と近づいている
文明の大転換期において
有神思想を勧めずに
おられません!
仏教を救い、
キリスト教を救い、
共産主義がなくなり、
資本主義がなくなる、
ということになり、
そうして
本当の
理想的な文明が現われる
ということになります。
そういう世界(理想世界)を
作り得る手段、方法、
すなわち計画設計はどうすればいいか、
それを教えるのが
本教の使命であって、
その認識者が各民族の智識人間(かん)に
増えるに従って、
目標に向かって
一歩一歩前進するのである。
出来上がりたら、
なんとした結構なことかと
皆がビックリするのざぞ
早う誠の臣民ばかりで固めてくれよ。
神世の型出してくれよ。
時、取り違えぬように、
時、来たぞーー!!
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天国の福音と真理は
普く宣べ伝えるべし
しかる後
この世の大峠を越えて
ピッカピカの
明朗清純な光明世界至る






































