地上天国(ミロクの世)の住民への道も一歩から

2030年まであと9年

 

 

 

日月神示

この道に縁ある者だけで型出せよ、
カタで良いのじゃぞ。

 

 

 

 

【貞観政要①】帝王学の最高傑作!

家康も愛読した

中国皇帝のリーダー論とは!?

中田敦彦のYouTube大学

 

 

 

 

【貞観政要②】中国の名君が実践した

人材選びと環境づくりとは?

中田敦彦のYouTube大学

 

 

「人は何度だって天狗になれる」

 

 

 

 

現役皇帝が本気で儒教やってみた

 

人徳チャレンジ

 

一人の皇帝に争臣7人

 

 

 

 

 

 

威圧感、不機嫌、処刑は

絶対にあってはならない

ということで

物凄く柔和に努めた。

 

 

 

 

 

太陽政策

 

 

 

 

◆御 詠


如何ならむ事も耐えて時を待つ 

人こそ観音行の人なり

 


如何ならむ事も堪へてさりげなく 

微笑みあしらふ人となれかし    

 


堪え難き 怒り制ゆる力こそ 

観音力の顕れにぞある

 

 

 

徳川家康は貞観政要を学んで実践し、

300年に渡る太平の世を築く

 

 

 

 

 

世界救世教を学んで実践すれば

1000年続く王国を築けるかもの型

 

 

千年幸福論 amazarashi

 

 

 

 

 

 

無いものは作ればいい

 

 

 

 

 

世界救世教

 

◆誠から良い政策が生まれる

 

本当に国を想い、社会を想い、

人民の幸福を想って言う言葉は

必ず人を動かす良いものが

ほとばしるですね。

 

 

 

◆釈尊も智慧を重んじた

 

結局人間は頭の働きですね。

よく智慧と言いますが、

智慧というのは、

それから出るんですからね。

(省略)

智慧証覚というとーーー

お釈迦さんは覚者といいますがね。

覚りを得た人を覚者といいますが、

これはやはり覚者になると

良い智慧が出るんですね。

それから偉い坊さんなんかは

大智といいますが、大きな智慧ですね。

 

 

◆お任せして頭を空っぽにする

 

物事を難しく考えてもいけないし、

単純に考えてもいけないですね。

どうしてかというと、

考え過ぎて結果が悪いことがあるんですね。

だから、できるだけ単純にですね。

 

 

私なんかも難しくなることがあるが、

ごく単純に考える。

そうして、あとは神様に任せるんですね。

だから始終気が楽です。

人間は、気が楽だと

良い考えが浮かぶんです。

気が楽でないと、

良い考えが浮かぶ余地がないんです。

ですから、始終頭の中を空っぽにしておくと、

良い考えが浮かびやすいです。

 

それから、良い考えというのは、

正守護神がヒントを与えるんです。

神様は、人間に直接ということはない。

正守護神に知らせて、それから来る。

ところが、頭一杯あると、知らせてもーーー

アンテナが、働きが悪いんです。

だから、良い考えが浮かばない、

というのは、そういうわけですね。

これは、一種のインスピレーション

みたいなものですがーーー

始終、ゆったりした気持ちでね。

ところが、いろいろ心配事や、

気にかかることがあると、そうはいかない。

ところが、やりようによって、

そうではない。

私は、昔はよく気になることが、

いろいろあると、他のことは頭に入らない。

ところが、だんだん信仰に入って、

そういうことは、

神様にお任せしてしまうと言って、

忘れちゃう。

これは、そういう癖をつけちゃうんです。

一種の修行ですね。

 

 

よく他の人が、いろいろな心配事を言うが、

私は笑っているので、びっくりしてしまう。

普通の人では、それができませんよ。

それについて書いてある。

(御論文「お任せする」)

 

 

◆神様に惚けるな

 

神様にお任せする

ということは良いんですが、

神様に惚けるというのはいけないんです。

これは神様の思し召しだろうと思うと、

そればかりじゃ失敗してしまう。

そこにおいて叡智(えいち)というのが

必要になる。

結局において、

 

一つのことにとらわれてはいけない。

また人間力にとらわれてはいけない。

あらゆるものを総合調和させる

というんです。

 

 

それが、一つの伊都能売の働きですね。

それによってーーー伊都能売というのは、

経(たて)にあらず、緯(よこ)にあらず、

経であり緯でありというので、

そこに言うに言われない

一つのものが出来上がるわけですね。

 

 

それが一つのーーー

仏教の方でいうと、

妙智というんですね。

 

 

 

◆経営者は総合芸術家



経営者というものは、
私は、広い意味で芸術家やと思うんです。
というのは、経営というものは

一種の総合芸術と思うから。

一枚の白紙に絵を描く、
 

 

そのできばえいかんで、
いい芸術家と評価され永遠に残る。
要するに、白紙の上に

価値を創造するわけですわな。

これ、経営と同じです。

 

 

 


むしろ、われわれ経営者というものは、
白紙の上に平面的に

価値を創造するだけじゃない。

 


立体というか、



 

四方八方に広がる

広い芸術をめざしている。

 

 

それだから、生きた芸術、

総合的な生きた芸術が経営だと、
そういう観点で経営を見なければ

ならんというのが、
私のとらえ方です。
単なる金儲けとか、

合理的な経営をするとか、
そんな目からだけ見たらいかん。


結局、人生とは何なのか、
人間とは何かというところから

出発しなければいけない。

 

 


それは、人前では、

「商売人です、毎度ありがとうございます」

と言うているけども、
内心では、すこぶる高く

自分で自分を評価しているんです。

総合芸術家なんだと。
だから、その評価に値するだけの

苦心なり、悩みがある。
これが経営者というものの本来の姿です。



そういう誇りと、その誇りに伴う

さまざまな苦難というか、
苦悩というものは、

"味わい”をもっている。

作品ができた、

仕事が進んだというときの

喜びを味わう。


苦しさを味わい、

喜びを味わう。

 

 




それによって、

自分というものを考える。
長い経験のなかで、

やめたいと思ったことはあるけれど、
それだけだったらほんとうに

おしまいだからね。
やっぱり、

そのときに意識転換をやらんとね。
行きづまりになる寸前に、
百八十度転換
して

苦しみを楽しみに変える
ということをやらないといかん。

 

 

 

世界救世教

 

◆智慧は神から与えられる

 

ーーー智慧は神様から教えて頂けるものと

考えてよろしいでしょうか。

 

そうです。

ところが自分の我があると、

それをふさいでしまって頂けないのです。

ですから素直になることです。

世間には自分より偉い人の言葉は

よく聞くが、

下の人の言うことは

聞かないという人が多いが、

それが我なんです。

下の人の言うことを聞くことが雅量です。

 

 

◆智慧を頂ける時期まで待つ

 

良い考えが浮かばないとやめる

 

それから私は、何か考えが出ないと、

やめてしまうのです。

それをどうしても考え通そうとはしないのです。

やめるのです。

そうして忘れていると、

ある場合にヒョッと気が付くのです。

ああこれだということになる。

ですからちょっと考えて

良い考えが浮かばないとよすのです。

考えが浮かばないということは

時が来ないのです。

 

 

それで時が来ると

神様の方でヒョッと知らせますから

楽なものです。

 

 

ですから、苦しまないで

実にスラスラと順序良くいくのです。

とにかくこの味というものは、

今までの頭では信じられないのです。

ですから

私は

苦しむようなことはしない

のです。

      (昭和27年10月7日)

 

 

いつかポッカリ~

答えが出るかも~

その日まで

魂は燃え~え~♪

 

Mr.Children 「ALIVE」

 

 

やがて荒野に花は咲くだろう

あらゆる国境線を

超え~え~えええ~♪

 

 

 

 

◆人間の考えで定めてはいけない

 

考え過ぎない

 

迷いというものは

全然無くなるということはないのです。

どんな偉い人でもーーー私でもあります。

 

 

ただ迷いが無くなるのが

早いのと遅いのとの違いです。

私なども、迷っても半日くらいです。

私は、物事をみると

すぐ結論が分かるのです。

 

 

ですから、こうして庭や建築とか

いろいろな事をみても

すぐパッと分かるのです。

首をひねるようなことはありません。

もしその時パッと出ないと、

考えないで放ったらかしておくのです。

それはやはり時があって、

何かの時にパッと分かるのです。

というのは順序があって、

神様の方で、早過ぎると知らせないのです。

それで時期が来ると分かるわけです。

ですから迷わないで分かるわけです。

ところが今の人は霊が曇ってますから、

どんな偉い人でも始終迷いに迷い、

考えに考えているのです。

で、あんまり考えたりするのに

碌な智慧は出ないのです。

だからやり損なったり、

自分で求めて失敗を

つくっているのです。

 

 

◆智慧の出ない時はやめる

 

◆変わったことがある時は

 「なぜか」と考える

 

 

急所を発見することと、

それから順序を間違えないことです。

 

 

◆法律と人間の野蛮性

現代の世界では、文明といわれる国程

法的制度が進んでおり、
法律条文も年々増えつつあるのは

衆知の通りであって、
全く現代は

法律万能時代といってもよかろう。

 


従って法規の多い事は、

その局にある司法官や、弁護士なども、

全部を覚えるには

一生涯掛っても難しいであろう。
事実自分に関係のある部分のみが

漸(ようや)くというくらいであるとしたら

その効果は相当目に見えるはずであるに

かかわらず、
肝腎な犯罪は減らないどころか
むしろ年毎(ごと)に増えつつあるのは

どうした事か、
実に不可解千万ではなかろうか。

 

 


全く文化の進歩とは

およそ矛盾しているのである。
そこで私はその原因について

ここに検討してみようと思うのである。
そもそも、

法の主なる目的は、社会から犯罪を減らし、
ついには犯罪者なき世界を作るにある事は

今更言うまでもないが、
事実は前述のごとく

その逆であって年々国会においては、
法規の条文増やしが、

議事の大半を占めている。
もし文化が予期通り進歩するとすれば、

犯罪者は順次減少して、

 


法規の条文中不必要なものが出来るに

違いないから、国会においての議事も、

法規の一部廃止法案が
討議されるようになるべきはずでは

なかろうか。

 


ところがその反対であるという事は

不思議であるに対し、怪しむ程の者もない、

というのは何人(なんぴと)の考えも、
今更どうしようもないとして

諦めているためであろう。

 

【衝撃作】

「ロックフェラーに学ぶ悪の不老長寿」

を世界一わかりやすく要約してみた

【本要約】

 

これによってみても、

犯罪を無くすのは、
法律だけでは到底駄目だ

という事が、よく判るのである、
そうかといって今のところ、

法がないとしたら、
これはまた大変である、

そうなったら最後悪人の天下となり、
良民はとても枕を高くして

寝る事は出来ないから、
やはり法は法として今のままにして置き、
他の有力な方法を併(あわ)せ行えばいい

と思うのである。


しかし外のものといっても、

まず教育と宗教のこの二つよりないが、
これも余り期待はかけられ得まい。


何となれば何世紀、何十世紀

それを続けて来た今日といえども
現在のごとき

人間世界の有様であるからである。
これについて以前もかいた事があるが、
大体法律というものは

獣を収容する檻と同様の意味で、
つまり檻がないと人畜に危害を及ぼす

危険があるから厳重に太い格子や、

網を張って漸く取締っている

にすぎないので、
彼らは隙があると

破って出ようとするから、
段々細かく隙のないように

しているだけである。


その手段として年々法を密にし、
取締りを厳にするのであるから

むしろ人間の恥辱といってもよかろう、
そのような訳で今日の人間は、

獣と同様の扱いを受けているとしたら、
余り威張った口は利けたものではあるまい。

 


従ってこれらの点をよく考えたら、

一日も早く目覚めるべきで、
昔からよく言われる人間の形をした獣とは

現代人にも当はまらない事もあるまい。

これを一言にしていえば、
まだ半文明半野蛮の域を

脱していないのである。
とはいうものの、それにも厚薄がある、
すなわち人間扱いをされていい人と獣扱いを
されなければならない人とがあるのは

止むを得ないので、
国にしても軍国主義と、

平和主義とがあるごとく、
前者は野蛮国であり、

後者は真の文明国である。
 

次に教育であるが、

これも今日は既に

試験済みとなっているから、
あえてかく程の事もないが、

知らるるごとく
これも幾世紀に渉(わた)って、

大勢の学者、教育家等が

努力して来たのである程度の功績は

認められるが、それ以上の力はなかった。

 

もっとも野蛮時代からみれば人智は進み、
政治にしろ、社会機構にしろ

あらゆる方面に渉って

驚くべき進歩発達を遂げたのであるから、

全く教育のお蔭も疎かには出来ないが、
そうかといって

精神面すなわち魂の改善には、
力が足りなかった事は

争えないところである。
何よりも法律という檻を不要にする事が、

今もって出来ないからである。


教育の問題はこのくらいにしておいて、
次の宗教であるが、

これも昔から偉い聖者や、
卓越せる偉人が幾人も現われ

 

 

 

 

 

しかもその弟子や信徒までが生命を賭し、

 


血の滲むような苦心努力を続けて来た

にかかわらず、
ある程度の精神的救いは無論認められるが、
法を不必要とするまでには

到っていなかったのである。

 


としたら既成宗教にも多くの期待は

持てない訳である。


そこで人間から真に獣性を抜き、

檻を必要としない社会を作るには、
どうすればいいかという問題であるが、
これこそ

あらゆる既成文化を超越した

破天荒的な力が

現われなくてはならないのは
言うまでもあるまい。

 

 

ところが喜ぶべし、
その力こそ主の神としてのエホバから

吾らに与えられ、
今現に発揮しつつある事実で、

 

 

これが本教の真髄であるから、
本教は全く超宗教的大いなる存在であって、
やがて来るべき光明世界の先覚者として、
第一番人類の迷蒙を醒ますべき警鐘が

この文と思って貰いたいのである。


◆汚職の母体

(省略)

実は汚職問題といえどもその発生の母体は、

有神思想とは反対の

無神思想であるから

始末が悪いのである。

言うまでもなく無神思想とは

ズルイ事をしても、

人の眼にさえ触れなければ済むとする

怪しからん考え方であって

~省略~

以上によってみても、

この問題の根本は最初に書いた如く

無神思想の為であるから、

 

神、霊魂の存在を否定

 

 

何よりもこの思想絶滅こそ

解決の鍵である。

それには何といっても

宗教家の活動によって、

神の実在を認識させる事であって、

たとえ

人の眼は誤魔化し得ても、

 

 

神の眼は誤魔化し得ないとする

固い信念を植え付ける事である。

 

 

 

 

 

 

 

日本が良くならないと

世界は良くならない

 

日本が世界の雛形にならねば

 

 

 

このメッセージがわかる人に伝わればと

 

 

 


 

 

共産主義がなくなり、

 

 

資本主義がなくなり、

 


仏教がなくなり、(仏滅)

 

 

キリスト教がなくなる(終りの世)

 

 

 

 

 

ということになり、
そうして本当の

理想的な文明が現われる

ということになります。

 

 

 

 

出来上がりたら、

なんとした結構なことかと

皆がビックリするのざぞ

 

 

 

 

 

早う誠の臣民ばかりで固めてくれよ。

神世の型出してくれよ。

時、取り違えぬように、

時、来たぞーー!!

 

 

 

 

 

 

天国の福音と真理は

普く宣べ伝えるべし

しかる後

モード反転を越えて

ピッカピカの

明朗清純な光明世界至る