地上天国(ミロクの世)の住民への道も一歩から

 

 

パンデミックとDNA。ゲームチェンジ。

~習近平思考の今①~(及川幸久)【言論チャンネル】

 幸福実現党

 

 

 

 

その時

陰謀論が事実になった

 

 

 

モンゴル、UAE、南米チリ、アルゼンチン、

実はワクチン接種率が高いんですが、

集団免疫どころか、

逆に感染が広がっている。

これは一体どういうことなんだと。

 

 

 

【衝撃作】「ロックフェラーに学ぶ悪の不老長寿」

を世界一わかりやすく要約してみた【本要約】

 

 

 

薬物療法              ホメオパシー

 

 

 

世界救世教

 

◆医学は一厘の力によって革命される

 

「前文」

神の経綸上、時期尚早だったため、

主神は深い真理を明かされなかった。

そのため経文もバイブルも

 

 

 

不明確なところが多い。

 

ところが!!

 

ここに主神は深奥なる真理を

いよいよ開示されることとなった。

 

 

この著に説くところ明快にして

いささかの疑点なく、

何人(なんびと)も容易に

真理を掴み得るのである。

そうして今まで強大なる悪の力が

一切を九分九厘まで掌握し、

後一厘という間際に来て、

意外にもここに一厘の力が現れ、

邪神の謀略を一挙に覆すのである。

つまり悪主善従であった世界が、

善主悪従となるのである。

そうしてこれを具体的にいえばこうである。

すなわち

九分九厘の悪とは現代医学であって、

これも先に書いた通り必要悪であるから、

今まではそれでよかったのである。

 

 

しかしその結果として

人間の最大貴重な生命を

完全に握ってしまった。

もし医学が誤っているとすれば、

生命の危険は言語に絶すると

いってもいいであろう。

(昭和27年「文明の創造」)

 

 

 

◆宗教の観方

『救世』60号、昭和25(1950)年4月29日発行

~省略~

一体、全人類は一部の例外を除き、
何を望んでいるであろうかを検討してみる時、
言うまでもなく幸福そのものである、
科学の進歩発達も、
人類の幸福を目的
としたものに外ならないが、
悲しいかな、

事実はその逆でさえある、

 


とすればその根本を探究する事こそ
今日の急務であらねばならないのである。

 


さきに述べたごとく、
哲学でも道徳でも科学でも

解決の力がないとすれば
宗教以外に何があるであろうか。

 

 

 

 

 

この点、識者においても

気のつかない事はなかろうが、
事実宗教といえば現在までの既成宗教を

標準としている以上
既成宗教によって右の条件を解決出来ようとは
思えないのである、
従って人類の幸福などは、
いつの日に達成さるべきか

見当さえつかないのであろう、
何となれば実に暗澹(あんたん)たる世相である。
しかるに、以上のごとく諦め切ってしまった世界へ

出現したのが

吾らの超宗教的一大救済力である。


~省略~

 

 

 

 

そのうちわかるよ

 

 

 

 

◆最後の審判は緩やかにされるかもしれない

 

世の終わり、つまり「最後の審判」ですね、

これは厳しいものなんですが、

そこに、神の恵みによって

他の形に変えてくれることがあるんです。

それはつまり人類を助けて下さる神様の

大慈悲ですね、

そういう場合があるんですよ。

 

 

◆審判を延ばして一人でも多く救おうとされる

 

神の力が強くなりつつあり、

邪神はだんだん弱ってゆく。

しかし、弱りながらも邪神の妨害は

五六七の世の完成まで続く。

 

神様の方でも、つまり一挙にやってしまえば

邪神が負けるんですが、

そうすると救われない者や

亡ぶ者が沢山できますから、

神様の慈悲によって

そういう者を救いながら分からせる。

そうして被害を少なくしようというのが

神様の慈悲なんです。

そのために、

間怠(まだる)っこいようなことが

あるんですね。

(昭和26年9月21日)

 

 

御 詠

世の終り 延ばして延ばして一人だも

多く救はす神の御心

 

 

 

救われる人と救われない人が次第に決められる

 

救われる人の方が少ない

 

救われる人は手数がかからない

 

分からない人は追わない方がよい

 

御守護を頂いても迷う人は追わない方がよい

 

分からない人は諦めること

 

 

 

◆大慈の御心と大悲の御心

 

浄化作用ということは、神様はどうしても、

間違ったことは正さなければならない、

汚いものは掃除しなければならない、

ということと、

一人でも人間を助けようという両方なのです。

「大慈大悲」ということを

昔から言われてますが、

「大慈」というのは助けてやろうという

大いなる愛です。

 

 

それから「悲」というのは、

それにはどうしても犠牲者が出る、

かわいそうだ、

そういう御心の表れが「悲」です。

 

 

ですから「大慈大悲」というのは、

意味から言うと逆のようですが、

そういうように考えてゆくとよく分かるわけです。

だから観音様に「大慈菩薩」という御名前があり、

大いに悲しむというわけです。

これからは犠牲の方が多いから

「大悲菩薩」のお働きというわけです。

         (昭和28年9月25日)

 

 

 

 

 

刻一刻と近づいている

弱肉強食の覇道政治、資本主義

末期時代において

有神思想を進めずに

おられません!

 

 

天国の福音と真理は

普く宣べ伝えるべし

しかる後

この世の大峠を越えて

ピッカピカの

明朗清純な光明世界至る

 

 

 

 

日月神示
「日本眞中(まなか)ボタン一つで世界が動くぞ」



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【ウマヅラビデオ】

※考えることから逃げるな※事実を見つめろ