地上天国(ミロクの世)の住民への道も一歩から
【本日20時百田尚樹チャンネルにお邪魔します】
いつものノリで収録してたら
隣の部屋の子供が泣き出したらしく、
ホテルにガチ目に
「静かにしてください」と怒られたので
小さな声で告知
面白ーーい!!(笑)
【及川さんが凄すぎた】
今日の百田尚樹チャンネルみました!?
凄かったよね!ガチの神回だったね!
百田さんも凄かったけど、
及川さんが神がかってた
とりあえずみんな
幸福の科学に入ろう。
次、幸福実現党来るんじゃないの?
及川さんがいるんだったら、
ワンチャン応援してもいいかな。
と思わず言わせてしまう及川さんを見て
思い浮かぶのがこちら↓
日月神示
人から見て
あれならばと云ふやうになれば、
この方の光出るぢゃ。
世界救世教
常識 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)
抑々、真の信仰とは言語行動が
常識に外れない事を主眼としなければならない。
世間よくある神憑式や、奇怪な言説、
奇矯なる行動等を標榜する信仰は
先づ警戒を要すべきである。
処が多くの人はそういう信仰を反って
有難く思う傾向があるが、
之等は霊的知識の無い為で無理もないが、
心すべきである。
又自己の団体以外の人々と
親しめないというような
独善的信仰も不可である。
真の信仰とは
世界人類を救うのが宗教の使命と信じ、
自己の集団のみにこだわらず、
排他的行動をとらないようにするのが
本当である。
丁度一国の利益のみを考へ
他国の利益を無視する結果、
惨澹たる敗戦の苦杯を嘗める事になった
終戦前の日本を鑑(かんが)みれば
判るであろう。
私は信仰の究極の目的は、
完全なる人間を作る事であるとも思う。
勿論世の中に完全という事は
望み得べくもないが、
少くとも完全に一歩々々近づかんとする修養−−
之が正しい信仰的態度である。
故に信仰に徹すれば徹する程
平々凡々たる普通人の如くに
見えなくてはならない。
そうなるのは信仰を咀嚼し、
消化してしまったからである。
その人の言動が如何にも常識的であり、
万人に好感を与え、
何を信仰してゐるか判らない位に
ならなければ本当ではない。
人に接するや軟かき春風に吹かれる如くで、
謙譲に富み親切であり、
他人の幸福と社会福祉の増進を
冀(こいねが)うようでなくてはならない。
私は常に言う事であるが、
先づ自己が幸福者たらんとするには
他人を幸福にする事で、
それによって与えらるる神の賜が
真の幸福である。
然るに自己のみの幸福を欲し
他人を犠牲にするというが如きは
全く逆効果以外の何物でもない事を
知るべきである。
日月神示
見へる幸福には限りがあり、
見へぬ幸福は永遠であるぞ。
道に勤(いそ)しめ。
道に融(と)け入れよ。
モノは無くなるぞ。
霊は永遠に弥栄えるぞ
見へるものから来る幸福には限りがあるが、
見えんものから来る幸福は無限ぞ。
尽きん歓びは常に神から
見えんものから来る幸福は
無限ぞ。
