悟りの道も一歩から

 

 

 

新型コロナウィルスを567と

表現する人が増えていますね~。

 

これはもう

 

五六七(みろく)の世が近づいていると

 

感じざるを得ません!!




信仰(しんこう、英語で faith)とは(wiki)


・キリスト教神学的には、

神の存在と啓示を真実として信じる事[1]。
 

・神や仏などを信じること。

また、ある宗教を信じて、

その教えをよりどころとすること。[2]
 

・人やものごとを信用・信頼すること。[3]
 

・証拠抜きで確信を持つこと[4]。

またそれらを信じることを正当化する要因[5]。



信仰の目的は

早く見真実になることです。

 

 

 

日月神示のミロクの世の描写

https://www.ningenclub.jp/blog02/archives/2007/09/post_320.html


・誰しもがある程度先のことを

 見通せるようになる。

 

 

 

世界救世教

 

◆「見真実」という語を用いて
 

「解説」
すべては神によってつくられ、

神によって支配されている。
神はその全知によってすべてのもの、

またすべてのことが、
どう移り変わるかを把握されている。


人間、特に神に救いを委託された

キリスト、釈迦などの魂は、
それぞれの使命の高下に従って

神に知をあずかる。


この中に紹介させて頂いた御教えを、
そういう角度から理解させて頂くと

「見真実」の語の意味が
より深く分からせて頂ける。
また「見真実」の語の意味が

より深く分からせて頂ける。
また「見真実」という概念は、

最後の世を救われる明主様の智慧を
理解させて頂く一つの「窓」に

当たるといえよう。



◆見真実とは何か

見真実の境地

 

かの釈尊は七十二歳にして

見真実となったといい、

 

 

日蓮は五十余歳にして見真実となった

ということであるが、
 

 

見真実とは、前述の核心に触れたことを

いうのである。
それによって明らかとなったのが、

 

釈尊においては法滅尽(ほうめつじん)と

弥勒下生(みろくげしょう)であり、

日蓮においては六百五十年後

上行菩薩(じょうぎょうぼさつ)が出現し、
義農の世となるということであった。

キリストは見真実の言は

発せられなかったが、
「天国は近づけり」ということと

「キリスト再臨」の予言は、
 

 

見真実によらなければ

分かるはずがないのである。

その他昔から見真実でないまでも、

それに近い聖者の幾人かは現れたことは
想像され得るのである。

そうして見真実を分かりやすくいえば
ピラピッドの頂点の位置に上ったと思えばいい。

 


ピラミッドの高き尖端(せんたん)に立って

俯瞰(ふかん)する時、
高いほど視野が広くなり、

多くを得るのと同様である。

 

 

ここで私のことを言わないわけにはゆかないが、
私は四十五歳にして見真実になったのである。

 


見真実の境地に入ってみれば

過現末(かげんみ)にわたって
一切が明らかに知りる。


勿論過去の一切の誤りは

浮かび上がってくるとともに、
未来の世界もその時の人間の在り方も、

判然と見通し得るのである。
といって知り得たすべてを

今は語るわけにはゆかない。

何となれば、

サタンも提婆(だいば)もパリサイ人も
未(いま)だ妨害を続けつつあるからである。

 


故にある範囲だけを発表するの

余儀ないわけであるから、
今一歩というところで

徹底しない悩みのなきにしも非(あら)ず

であるが、
これも経綸上やむを得ないのである。


しかし、今までだけの発表でも

前人のそれとは格段の相違のあることは、
私の文章を読む限りの人は

認識されたで」あろう。
         (昭和24年8月30日)


◆覚り

根本から言うと「覚り」って

いうこともあるんです。


信仰の深いことが分かってくると、

霊力もしたがって強くなります。
 

勿論、深いといっても

どこまでも深いものなんですがね、
ちょうど、ピラミッドのようなものですよ。
(お煙草二本で山の形をお示し下さる)
 

 

この辺が(中段ぐらい)

普通に活動している人の程度ですが、
この辺が(中の上段ぐらい)になると

霊的に位がついてきて、
霊力がずっと違ってくるんです。


もう、この辺(上の下段ぐらい)になると

神秘が分かるんで
「見真実」となるんですが、


一番上は主神で、
ここになるともう分からぬものは

何もないんです。

 


お釈迦はまあこの辺(上の中段)ぐらい

だったんですが、
この一番上まで上った人は

まだ誰もいないんですよ。



         (昭和24年7月23日)


◆人類の主な人が見真実となる世界

見真実(けんしんじつ)というものは

一番高い所ですから、
そこですべてを見下ろすから
はっきり分かるのです。

 


結局この見真実を分からせるために

私がいろいろ説いているのです。

 


要するに信仰の目的は

早く見真実になることです。
そうすると、

いろんなことがよく分かります。

けれども本当に見真実には、

それは普通ではなかなかなれないのです。


だからそれに近寄ればよいのです。

ところで

釈迦やキリストも見真実にはなったが、

見真実にも上中下があって、
中くらいの見真実だったのです。
その先は分からなかったのです。
またあの時代には分かってはいけなかったので、

時期が早過ぎたのです。


しかし

今はもう分からなければ

ならないのです。
本当に地上天国を造るのですから、

それには人間の主だった人達に、
ある程度は

見真実を分からせなければ

ならないのです。


 

ということは

救世教の信者ですが、

特に幹部の人です。


こういうよう(ピラミッド)になっていて、
その頂点が見真実の境地になって、
段々になっているのです。



 

この間の論文に説いた科学というのは下なのです。
それで私が説くことはみんな科学ですが、

科学にも上中下があって、
現代科学はずっと低いのです。

「解説」

創造主たる全知であって、

永遠の過去から

永遠の未来に至るまでのことを
すべて知っている。


キリスト、釈迦のように

主神の代理として派遣された人は、
その使命の高さに比例して

神の全知にあずかるから、
将来起こることも、

真理も、ある程度分かった。


これを明主様は「見真実」と言われた。
しかし、まだ夜の世界であったから

分かり方に限度があったーーー
「中くらいの見真実」だった。


◆主だった人間が見見実になって

 地上天国を完成する

・五六七(ミロク)の世では、

 ほとんどの人が見真実

こんな具合に宗教を説くつもりですが、
そうすると、

はっきり分かりますからね。
それでなくては、

人を救うことはできない。
これは「見真実」で見ると、

こういうことになるが、
大体人間がほとんど「見真実」になる。
そうすると五六七の世になる。
というのは、
つまり今まではピラミッドみたいなものだったが、
「見真実」は一番上なんです。
ところが、

人間が下にいたから分からなかったが、
だんだん魂が上がって

この辺(ピラミッドの頂上付近)まで上がる。
そうなると、

悪いことしたりするのは

つまらないということが
根本的に分かるんです。

 


      (昭和26年9月11日)



ーーーーーー

魂を向上させて

ピラミッドの上に登っていくと

高いところから見下ろせるので

物事がよくわかる?

 

 

 

 

 

 

 

なんか、怖っ!

 



>>お釈迦はまあこの辺(上の中段)

 ぐらいだったんですが、
 この一番上まで上った人は

 まだ誰もいないんですよ。

 

 

 


まだ誰もいない・・・、

 

人類未踏の地?

 

そんなこと言われたら

目指したくなるじゃないですか~。




まだまだ上がって行きたい奴~!!


まだまだ上がって行きたい奴~~~!!
(LIVEバージョン)


日月神示
「日本眞中(まなか)ボタン一つで世界が動くぞ」




↓クリック

 

 

 


上がる ケツメイシ