揺れないことが、安定じゃなかった
「そうなんだね」
この言葉のあとに、何も足さずにいることは、思っているより難しいのかもしれません。
帰省先の実家で読んだ新聞に、
心療内科医・海原純子さんのコラムがありました。
つらい思いを抱えている人に対して、
私たちは、励ましたり、忘れたほうがいいと言ったり、前を向くよう促したりしてしまいがち。
つらい記憶がよみがえって苦しいとき、
そんな言葉が怖くて、誰にも話せなくなる人もいる。
そこで「そうなんだね」と受け止めてくれる人がいたら、どんなに救われるだろう。
共感までしてくれなくてもいい、と書かれていました。
読んで、十分にできているわけではないけれど、すごく大事にしたいことだと思いました。
励ましたくなるのは、相手を大切に思うからこそ。
そして、つらそうな人のそばにいると、自分も落ち着かなくなるからでもあります。
分かったふりはいらない。
でも、分かろうとしてくれる人がいることは、それだけで力になると思っています。
昨日の私の投稿に、
理学療法士さんがこんなコメントをくださいました。
「人の立ち姿勢も面白く、常に重心の軌跡を描かれるので、“揺れてる”って事なのですね。
『揺れながら静止状態を維持』しているのもまた面白いですね。」
読んですぐ、
「ネガティブ・ケイパビリティ」
(答えの出ない状態に、そのまま留まる力)
という言葉が浮かびました。
人の姿勢も、心も、
同じなんだなと思ったのです。
だから、揺れている人に出会ったら、
「あなたは今、そう感じているんだね」
と受け取って、落ち着いてそばにいること。
それだけで、その人が少し安心して、
自分の内側に起きていることを、
そのまま感じていけることもあるんじゃないかなぁ。
今年、
産業カウンセリングや
BMS(ボディマインドシナジー)を学んできました。
これからは、
BMSのセッションも自分でやっていこうと思っています。
そのとき、
「何かを持ち帰ってほしい」
「変わってほしい」
という気持ちが、
私から出てきそうだなぁ。
その人を大切に思うことと、
こちらが変化を起こそうとすることは、別のこと。
気づくのも、動き出すのも、
その人自身のタイミング。
たとえば、つらい気持ちを話すとき、
何を話しても、
たとえ取り乱してしまっても、
大きくは揺らがない人がそばにいてくれたら、
揺れる自分を、
安心して出せると思う。
だから私は、
相手が安心して揺れていられるように、せめて自分を整えておきたいな。
とはいえ、
そばにいる私だって、
ショックを受けることはある。
立っている人の体が
小さく揺れながら保たれているように、
揺れながら、
保てたらいい。
そんなときは、
「わ、今ショックを受けちゃったね」
と、自分にも
「そうなんだね」と言ってあげたい。
大切な人が揺れているときも、
自分が揺れているときも。
まず「そうなんだね」から
始められたらいいな。
PS.
そう書いておきながら、大切な人に
つい「こんな見方もあるよ」と伝えてしまいました。あちゃー。
わかっていても、できない日がある。
だから私も、
何度でも、その人を信じて
「そうなんだね」に戻りたい。
#そうなんだね
#傾聴
#ボディマインドシナジー
#産業カウンセリング
「そうなんだね」
この言葉のあとに、何も足さずにいることは、思っているより難しいのかもしれません。
帰省先の実家で読んだ新聞に、
心療内科医・海原純子さんのコラムがありました。
つらい思いを抱えている人に対して、
私たちは、励ましたり、忘れたほうがいいと言ったり、前を向くよう促したりしてしまいがち。
つらい記憶がよみがえって苦しいとき、
そんな言葉が怖くて、誰にも話せなくなる人もいる。
そこで「そうなんだね」と受け止めてくれる人がいたら、どんなに救われるだろう。
共感までしてくれなくてもいい、と書かれていました。
読んで、十分にできているわけではないけれど、すごく大事にしたいことだと思いました。
励ましたくなるのは、相手を大切に思うからこそ。
そして、つらそうな人のそばにいると、自分も落ち着かなくなるからでもあります。
分かったふりはいらない。
でも、分かろうとしてくれる人がいることは、それだけで力になると思っています。
昨日の私の投稿に、
理学療法士さんがこんなコメントをくださいました。
「人の立ち姿勢も面白く、常に重心の軌跡を描かれるので、“揺れてる”って事なのですね。
『揺れながら静止状態を維持』しているのもまた面白いですね。」
読んですぐ、
「ネガティブ・ケイパビリティ」
(答えの出ない状態に、そのまま留まる力)
という言葉が浮かびました。
人の姿勢も、心も、
同じなんだなと思ったのです。
だから、揺れている人に出会ったら、
「あなたは今、そう感じているんだね」
と受け取って、落ち着いてそばにいること。
それだけで、その人が少し安心して、
自分の内側に起きていることを、
そのまま感じていけることもあるんじゃないかなぁ。
今年、
産業カウンセリングや
BMS(ボディマインドシナジー)を学んできました。
これからは、
BMSのセッションも自分でやっていこうと思っています。
そのとき、
「何かを持ち帰ってほしい」
「変わってほしい」
という気持ちが、
私から出てきそうだなぁ。
その人を大切に思うことと、
こちらが変化を起こそうとすることは、別のこと。
気づくのも、動き出すのも、
その人自身のタイミング。
たとえば、つらい気持ちを話すとき、
何を話しても、
たとえ取り乱してしまっても、
大きくは揺らがない人がそばにいてくれたら、
揺れる自分を、
安心して出せると思う。
だから私は、
相手が安心して揺れていられるように、せめて自分を整えておきたいな。
とはいえ、
そばにいる私だって、
ショックを受けることはある。
立っている人の体が
小さく揺れながら保たれているように、
揺れながら、
保てたらいい。
そんなときは、
「わ、今ショックを受けちゃったね」
と、自分にも
「そうなんだね」と言ってあげたい。
大切な人が揺れているときも、
自分が揺れているときも。
まず「そうなんだね」から
始められたらいいな。
PS.
そう書いておきながら、大切な人に
つい「こんな見方もあるよ」と伝えてしまいました。あちゃー。
わかっていても、できない日がある。
だから私も、
何度でも、その人を信じて
「そうなんだね」に戻りたい。
#そうなんだね
#傾聴
#ボディマインドシナジー
#産業カウンセリング
#揺れながら生きる

