「子どもをやめる」って、どういうことなんだろう。

一昨日届いていた本を、今日ようやく開きました。

きっかけは、お盆に会う予定の友人が、お母さんとの関係について話していた放送を聴いたこと。

「あ、今読む本だ。」そう思ってページをめくりました。

本のタイトルは、『子どもをやめる本』。

表紙には、「大人になっても自分の中に住む親に従ってしまう」という言葉があります。

それを見た瞬間、「あ、私にもあるな」と思いました。

本の中で心に残ったのは、
「子どもをやめる」とは、「誰かが認めてくれないと、私はここにいてはいけない」という世界観を卒業すること。

そして、「誰にも見られなくても、私はこれをやりたいか」という問いを、自分に向けることでした。

読みながら、母のことを思い出しました。

父はほとんど育児に関わらない核家族で育った私にとって、母は、人生の大きな心の指針でした。

心の調子を崩して、ご飯が作れなくなった頃は、夕方になると「何を作ったらいいか分からない」と、母へ電話をしていました。

だからこそ、認知症になりつつある、母の変化は、ショックでした。

介護についても、家族でできることは進めています。
だから、解決策が欲しかったわけではありません。

ただ、「ショックなんだ」その気持ちだけが、自分の中にありました。

この数か月、産業カウンセラー資格試験に向けて、クライアント役として、私は何度もこの話をしました。

20分間涙が止まらない日もありました。

不思議だったのは、誰も問題を解決しようとはしなかったこと。

アドバイスもありませんでした。
ただ、「ショックだったんですね」そう言って、その気持ちと一緒にいてくれました。

問題は何も変わっていません。
母は今も認知症気味に、歳を重ねていっています。

それでも、私の中では確かに何かが変わりました。

悲しみがなくなったわけではなく、悲しみが、自分の中に静かに居場所を見つけたような感覚があります。

人は、解決してもらうことで安心することもあります。

一方で、ただ、気持ちを受け止めてもらうことで、自分の力で落ち着けることもある。

そのことを、今回、身をもって知りました。

そしてもう一つ、気づいたことがあります。

私には、まだ承認されたい気持ちがあります。

「喜んでもらえたら嬉しい」
その気持ちは、これからもあると思う。

でも、自分に問いかけたい言葉が
一つ増えました。

「誰に承認されなくても、私はこれをやりたい?」

もう一つ。

「今、この瞬間の私は、本当は何を選びたい?」

それは大きな決断ではなく、
今日何を食べるか、
どこへ行くか、
誰に会いたいか、
いつ寝ていつ起きるか、

そんな小さな「今」の積み重ねです。

「子どもをやめる」とは、
親から離れることでも、
頑張って自立することでもない。

「承認されるかどうか」ではなく、

「私は今、本当は何を選びたい?」

その問いを、自分に優しく投げかけ続けることなのかもしれません。

今のあなたは、何を選びたいですか?

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