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最近、どんどん自分にかえっていっている気がして、
嬉しい今日この頃です。![]()
小学校1年生までは、天然、無邪気、
人の目を全く気にしていなかった記憶があるのですが、
それ以降くらいから、
まわりの大人が言っていることが、分かるようになってきたのか?
自分がどうしたいか、よりも、
どうした方がいいか、
を考える人になっていったような気がしています。
ひとつには、失礼ながら、
母が幸せそうに見えなかったことがあります。
母は、我慢の人で、祖父(母の父)から、
○○(母の名前)は、我慢強いところが、
いいところだ!と言って、
ほめてもらって育てられたそうです。
戦争前後を生き抜くために、
必要な力だったのだと思います。
私が、出産時の陣痛の痛みに耐えているとき、
隣の妊婦さんが、大声で叫んでいると、
○○(私の名前)は、我慢強い!と、
母が、褒めてくれました。
私は、いや~、陣痛の痛みは、
人によって違うんだから、
人と比べてどうこうっていうことじゃないよって、
伝えた覚えがあります。
母は、私に何かを強要するような人では、なかったけれど、
子ども心に、母を幸せにしてあげたいというか、
知らない間に母が望んでいるんじゃないかな?
と思うような子になろうとしていたようです。
このからくり?に、気づいた時は、
びっくりしました。![]()
と、同時に、あ~、母の私が幸せでさえいれば、
自分の子どもは、
自分らしく、自分の人生を作っていけるんだ~
と、安心しました。![]()
が、気づいた時には、
私は、既に重症の「~した方がいい星人(笑)」になっていて、
自分が何をしたいのかに、気づこうとしても、
深く底に沈んでしまっているのか、
すぐには、気づけない自分がいて、
愕然としました。
恐ろしい~。![]()
私は何をしたいと感じているんだろう?って、
ことに意識を向け始めると、
さらに、私にとっての発見がありました。
それは、やっていることは同じでも、
やった方がいいと思っているからやるのと、
やりたいから、やっていると思ってやるのでは、
心の状態が全く違うということです。
やった方がいいから、の場合は、
自分がしっかり入っていないから、
他人が気になって、干渉したくもなります。
やりたいから、の場合は、
やれているだけで、満足なので、
人は、あんまり気にならない。
おかげさまで、やりたいことをやって、
会いたい人とあったりできる毎日を
味わえることに、幸せを感じています。![]()