前記事で使用した上図における「戦争期間約50年」の最後となる【第2次世界大戦~太平洋戦争終結】についてです。
第2次世界大戦は、1939年9月1日の独軍のポーランド侵攻に始まり、1945年8月15日、日本の敗北までとされています。
この間、「独・伊・日本を中心とした枢軸国」に対し、「米・英・仏・中国・ソ連などの連合国」との2陣営に分かれ、主に欧州とアジア・太平洋地域で戦闘が行われ、約5000万人の死者を出す未曾有の戦争となったのです。
1941年12月8日、日本はハワイの真珠湾を攻撃し、太平洋戦争が始まりました。この奇襲攻撃から日本は世界を敵に回す戦いへと進んでいくのです。
当初、日本は東南アジア等で勝利を重ね、フィリピンなどの国々(上図のピンク色)を支配します。
しかし、1942年(昭和17年)6月5日から7日にかけて行われた【ミッドウェー海戦】において、連合国側の攻撃によって劣勢となり、次第に追い込まれていきます。
1945年、米軍による日本本土への空襲が激化し、3月10日の【東京大空襲】では一夜にして焼け野原になり、同年4月には米軍が沖縄本島へ上陸し、民間人も犠牲になりました。
欧州では、1945年5月7日にドイツが無条件降伏。イタリアは2年前に降伏しておりますので、日本のみが連合国側と戦うことになりました。ここで観念すれば良かったのに・・![]()
●1945年8月6日・・広島に原爆投下される
●同年8月9日・・長崎に原爆投下される
●同年8月15日・・ポツダム宣言受諾・玉音放送
●同年9月2日・・米艦「ミズーリ号」で降伏文書へ調印
このような経緯によって、日中戦争と太平洋戦争は終結しました。両戦争における「日本人の死者数は約310万人」と言われております。
★日本のメディアは戦争をどう伝えたのか?
※満州事変(1931年9月18日)に関する東京日日新聞
日本が国際社会から非難を浴びる中、「守れ満蒙-帝国の生命線」と伝えました。これ以降、メディアの報道は世論を煽り、【戦争を美化する方向】に傾いていきます。
また、このような論調でなければ、新聞が売れないという、‟裏事情”もあったようです。
「ガダルカナル島の戦い」の戦況に関してみると、【敗北・撤退】とは書かずに他の言葉を使って戦況を伝えております。「アッツ島の戦い」では、【全滅】とは書かずに"玉砕"としています。
それもこれも、メディアだけが悪いのではなく、大本営側から「このように書け!」と注文をつけられましたので、民間企業の新聞社は逆らえないという雰囲気だったのです。
現代と似ているような気がしなくもない・・![]()
今回の【戦争を知らない子どもたち(2~4)】は、12月21日にBS-TBSで放送された「関口宏のこの先どうなるの?」から画像等をお借りして作成したもので、解説者は保阪正康氏です。
保阪氏が最後にご紹介しておられる【日中戦争からの帰還兵の体験談】にはショックを受けました。
「孫が自宅に来ても、孫を抱けなくて、自分はいつも外に出るんだ~」と告白されていたのです。その理由は動画でご覧ください。
【戦争PTSD】はあらゆる国の兵士に起きていることです。
★守護靈からの伝言
SNS上では、「核兵器を持てばいい」と声高に語っている若者を見掛けますが、持てば使う可能性が出てきます。
「核を使用すれば、日本の神々は全て居なくなるので、覚悟しなさい。その前にそういう人間は片づけられるけどね。多くの日本人は地震で死ぬことばかりを心配しているが、別のパターンもあるということだ・・・」
以上となっております。それでは~![]()
(TVer)関口宏のこの先どうなる!?
「戦後80年~戦争をどう語り継ぐか~」(12/21放送)
★過去記事


















