【空海の言葉】悟るためには悟る決断を | 新MUのブログ

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2014年11月末をもって閉鎖した【MU(ムー)のブログ】の管理人です。
その節はお世話になりました。以前は時事問題を主に取り上げ
ましたが、各種事情により少しセーブします~♪

 

迷悟我(めいごわれ)にあれば、

 

発心すればすなわち到る。

 

明暗他にあらざれば、

 

すなわち信修すれば

 

たちまちに証す。

 

【現代語訳】

迷いとか悟りとかいうものは、自分自身の内部にあるのですから、悟りを求めようとする心を起こせば、悟りに到達できるのです。

 

明るい世界(悟り)、暗い世界(迷い)は、他にあるのではなく、自分の内部にあるのですから、仏の教えを信じ実行すれば、悟りの世界は、たちどころに私たちの眼前に開けてくるのです。(般若心経秘鍵より)

 

 

自分が大切と考えていることを捨てることから始めなければ、迷いから解放されることはない。逆にそれに執着する時、人は迷い、悟りの世界から遠ざかっていく・・・・まずそう断ってから、紹介している言葉が続きます。

 

 

空海は、仏の智慧とは決断し選択することであると言っていますが、まさに大切と思うことを捨て、仏の教えを信じ実行する決断こそが『発心』です。

 

空海は、その著『秘蔵宝鑰』で、迷いとは自分の心に迷っていることに他ならないと述べていますが、ここでは、迷いといい、悟りといっても、それは自分自身の中にある心のあり方にすぎないのだから、悟ろうと決断さえすれば、誰でも迷いから離れて悟りの世界に到達できると述べています。

 

 

当たり前のことを当たり前に述べていますが、悟ろうと思っても悟れないのが人の常です。しかし空海は、仏の教えを信じ実行すれば、悟りの世界はたちまちに目の前に開けてくる、と強調しています。

 

人は、目の前のことを捨てて一心に修行することが出来ないから迷っているのですが、まず何かを決断することはできるのではないでしょうか。(『日本人のこころの言葉・空海』)

 

 

8日朝、YouTubeを観ておりましたら、お勧めに『空海の風景』を見つけました。『空海の風景』は司馬遼太郎の歴史小説でして、以前からこの番組を観たかったので、感激でした!OK

 

本作は生前の司馬遼太郎が最も気に入っていた作品で、サイン本を献本する際にも必ず本作を用いたほどであり、そのため冨士霊園「文學者之墓」(日本文藝家協会会員の共同墓)にも本作を埋葬したといいます。

 

(参考)空海の風景(Wikipedia)

 

空海の風景(初回放送2002年 NHK)

 

作家・司馬遼太郎が自ら最も好んだ作品『空海の風景』が、初めて映像化された。朗読・中村吉右衛門、語り・若村麻由美。1時間39分

 

★前篇・大唐渡海の夢・・・空海生誕地・讃岐から遣唐使として唐の都・長安を目指し漂着した中国福建省の漁村までの足跡をたどる。

 

★後篇・弘法大師への道・・・空海が民族や国家の枠組みを超えた普遍性をいかにして獲得できたのか、長安から高野山に至る後半生をたどりながら描く。

 

 

生誕地である讃岐国、満濃池、孔雀明王、室戸岬の御厨人窟、青龍寺(中国)、神護寺、東寺、高野山奥之院・・・が登場します。

 

空海が乗った遣唐使船は、赤岸村の浅瀬に漂着します。45分頃に林(りん)さんの先祖が空海さんのお世話をして、長安まで案内したという家伝が紹介されますが、守護霊さんによりますと、「学者がいうように証拠がない単なる作り話だ~」とのことでした。

 

 

また、動画の最後の方に岩手県にお住いの老婆が、「弘法大師空海の湧き水」を語るシーンがあります。

 

数え切れないほどの『空海伝説』が全国各地にあるのですが、空海さんは東北までは行かれておりません。「空海伝説」を広めたのは「高野聖(こうやひじり)」ですね。

 

2か月前だったか、BSの番組で栃木県日光市の『寂光の滝』が出てまいりまして、820年弘法大師開基の寂光寺が由来だと説明しておりました。直ぐに守護霊さんに尋ねましたら、「そこには行っていない~」とのことでした。

 

意味ある「シンクロニシティ」のパワー(9)(2019/6/29)

 

宮島・弥山の大聖院、霊火堂は、空海が護摩火を焚いて修行した場所として有名ですね。『消えずの火』もあります。ここは本当だそうですよ。

 

長い動画ですが、ご興味のある方はご覧になってください。

 

実際、中国に渡って取材してますので、NHKじゃないと作れないでしょうね。そのうち、『四国八十八ヶ所巡礼の旅』を制作してほしいわぁ~テレビ では~ポーチ

 

(参考)「高野聖」 全国に広がる弘法大師伝説の始まり

 

 

(過去記事)