高野山の法話~「相互供養・相互禮拝」(8/15)
(※今回の記事にピッタリな説話です。是非、お聴きください)
それ釈教は浩汗(こうかん)にして際なく涯なし。
一言これを蔽(おお)えばただ二利にあり。
常楽の果を期するは自利なり、
苦空(くくう)の因を済うは利他なり。
【現代語訳】
釈尊の教えはまことに広く際限のないものです。その教えの真髄を一言でいえば、自利と利他の二利に帰します。
生きていることに常によろこびを感じ、幸せを願い求めるのが自利であり、根源的な生の苦と迷いから衆生を救うのが利他です。
【空海の言葉】悟りは功徳の報酬である(2019/7/18)
ここで空海は、釈尊の教えの真髄を一言でいえば、『自利と利他の二利に帰します』と明言しています。
『自利』とは、悟りの世界を目指して修行することですが、空海は、悟りの世界を目指すことを、永遠の『いのち』を生きるよろこびと幸せを願い求めることである、といいかえています。
『利他』とは、自分よりも他の人々を幸せにすること、安楽にすることですが、空海は、それを具体的に世の人の苦しみと煩悩の原因を除くことである、と言っています。
そして、自利と利他もいたずらに願ったり、図ったりしても決して得ることはできず、「必ず福徳と智徳とを兼ねて修行し、瞑想と智慧とを並べて修行してこそ、はじめて他の人の苦を救い、自らの悟りを得ることができる」と説いています。
◆要約しますと・・・
(1)利他を行うための修行~菩薩の実践行と仏の教えを学ぶ
(2)仏と一体となる瞑想行~仏の慈悲の心を悟る
(3)結果~仏となって働き、人々の苦を救うことによって、自らの悟りを得ることができる


