葛城公園から見た葛城山の風景(修験道の開祖・役行者~(1))
◆ 小角、ついに山に入る
しかし、聡明すぎる小角ゆえに、13歳にして学問の道に限界があることを感じ始めていた。
「この先、自分の進むべき道をどこに定めればいいのか・・・」
さらなる求道の念にかられた小角は、毎夜葛木の峰によじ登り、思考を凝らした。そして、ついに17歳のある日、家を捨て山中深く分け入る決意をする。山岳修行ということが、いつのころから始められたのかは定かではない。が、小角の時代、すでに少なからぬ山林修行者が、各地の霊山に現れていた。彼もそのひとりとなったのだ。
山岳修行では、山の神霊を、その身に感受するために、捨て身の行を積むことだ。静寂で清浄、しかし、しばしば危険をも伴う大自然の中でのはげしい心身の鍛錬によって、超越的な能力を獲得せんと励むことである。小角も、ある時は静寂の林間に瞑想し、ある時は危険を犯して深山幽谷(しんざんゆうこく)を力のかぎり遠駆けし、またある時は先祖から伝えられた呪文を唱えつつ凍えるような瀧の水に打たれ続けた。
元興寺(なら旅ネット)
だが、ある日「出会い」が生まれる。それは葛木山の神の配慮だったと、小角は終生確信していた。なぜなら、師となる僧は、苦悩を浮かべて門前を通りかかった小角を一目見るなり言ったからだ。
「行者よ、そなたに秘密の経法を授けよう。この行法を修し終えた時、悩みはすべて解消されよう」
僧の名は慧灌(えかん)。朝鮮から来朝し、ここ飛鳥・元興寺(がんこうじ)で教えを説いていた高僧だ。そして、彼が小角に伝えようとしたのが、「孔雀明王経法」の秘法であった。
「孔雀明王」・・・【空海の言葉】一人では何もできない(8/24)より
孔雀明王を本尊として修するこの秘法は、密教四箇大法(しかだいほう)のひとつとされる。
一切の悪病・毒悪・災害・災いを除き、現在の状態を積極的に変化させる『増益(ぞうやく)』の効能をも持つばかりか、小角の伝授されたそれは、鬼神を従え、不老不死・飛行自在の大神通をも行者に獲得させてくれる威力を秘めていた。平安時代、改めて請来されたときには、東寺長者の他には修することを許されなかった、まさに極秘の法だったのである。
役行者・前鬼・後鬼像・・・【弥勒下生は近い】仁王像の中にミツバチの巣(9/2)より
そんな秘法を、慧灌が小角に伝授したのには理由がある。密教の奥義に到達した師僧には、しかるべき素質を備えた人材を積極的に発掘し、法の伝授を行うことが義務とされている。でなければ法の伝統が絶えてしまう。が、仏教を学問として学ぶ僧はいても、携えてきた新しい法を伝えるにふさわしい器を持つ弟子が見つからず、慧灌自身、苦慮していた時、小角に出会ったのだ。
慧灌は一目で、小角がすでにはげしい山岳修行を積んでおり、さらなる苦行に耐えて、『孔雀明王経法』の奥義に達することのできる器であることを見抜いたのである。
「あとはただ、この真言(マントラ)をひたすら唱えながら修行に励むことじゃ」
最後に教えられたその秘密の呪文を胸に、小角は葛木山に籠もった。ここに日本古来の山岳信仰と密教の秘法が結びついた、新しい宗教が誕生するきっかけが生まれたのだ。役小角、32歳のことである。(『密教の本~驚くべき秘儀・修法の世界』)より
忍者の開祖・役行者!!恐るべき法力の秘密!




