【竹内巨麿】空を飛んだ教祖(2) | 新MUのブログ

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2014年11月末をもって閉鎖した【MU(ムー)のブログ】の管理人です。
その節はお世話になりました。以前は時事問題を主に取り上げ
ましたが、各種事情により少しセーブします~♪

 

【竹内巨麿】空を飛んだ教祖(1)の続きになります。なお、明日から10日頃まで記事更新はお休みさせていただきます。m(__)m

 

≪神影に教わった秘術≫

皇祖皇太神宮の竹内康裕管長は、今でも巨麿を知る数少ない人物の一人だ。巨麿の孫に当たり、小学生のころまで巨麿と一緒に暮らしていた。巨麿はそのとき90歳になろうとしていた。

 

 

康裕管長によると、巨麿は150センチぐらいの身長しかなかった。しかし、霊能力があったのは明白で、「神様が降りてくるときは目の色が変わり、別人のようになった」と、述懐する。巨麿には神霊の姿がはっきりと見え、神霊に対しても「おおそこにいたか」など、まるで友達と話すかのように会話をしていたという。

 

だが、巨麿が空を飛んだのは、「私も母も見たことがない」と言う。「しかし」と管長は続けた。「祖父が空を飛んだのを見たことがある、という書生の方はいらっしゃいました。故人・高畠菅長(富山の天神人祖神宮)も実際に見られたのだと思います。祖父は大悲山で千日行をしたことにより、古神道の奥義を究め、かなりの神通力(今でいう超能力)をもっていましたから」(中略)

 

著書「デハ話ソウ」の中では、巨麿が鞍馬山中で飛天の術を会得したとまでは書いていない。だが、30メートルはある岩の上に飛び上がったり、飛び降りたりできるようになったと書いてあるので、それに近い能力を会得したとみていいだろう。そのときのことを巨麿は、同書の中で次のように話している(括弧内は筆者の注釈)。

 

 

(大悲山の総督大巳貴命が現れて、巨麿に言う)

武術の奥義はこれであるぞ、と一巻の巻物を渡した。

三十余の神歌。

九十余の奥儀。

軍学は神代文字で書かれていた。

軍学は国家の一大事の外は用いることを禁じるぞ。出山したら、それを写し取っておくようにせよ。この巻物は年が経つと消えてしまうぞ。武芸の心配をするな。併し神術は一大事の外は使ってはならぬ。もしみだりに使うと神術は消滅してしまうばかりか、汝の身にも災いがあるぞよ。必ず覚えておくがよい、と言うとたちまち五色の旗が現れ、数万の神影が数段に並んで現れた(中略)

 

「とりもち」とは

「ドラえもん」の中でとりもちは、何かを駆除、捕獲しようという局面でかなり自然に出てくる。藤子不二雄先生ぐらいの年代の方にとってはきっと普通のツールなのだ。祖母に聞いてみると、果たしてとりもちは昔、男の子がよく鳥をとって遊ぶのに使っていたという。そう、とりもちは「取りもち」ではなく「鳥もち」だった。(引用終了)

 

ある夜、激しく天地が振動し、神影が現れた。

 

「神秘の奥儀を汝に授けたからには何を心配することがあろう。今、汝に与える物があるから直ぐに食べるがよい」と言って、とりもちの塊のような小さな物五個を手の上に乗せてくれた

 

まず、黒いのを口に入れた。その味は辛く、にがかった。赤や白いのを全部食べ終わると、たちまち朦朧として倒れた。半日ほどで目覚めたが、気分はよく、今まで伝授された神歌や秘伝が一つ一つ脳裡に浮かんでくるのであった。ためしに十数丈(1丈は約3m)の岩の上に飛び上がっても飛び降りても思うようになり、がまの妖術、蛇の妖術も意のままに現れたり消えたりする。

 

役小角(Wikipedia)より

 

この記述を読むと、巨麿が会得したという妖術、仙術は小角の妖術、仙術を連想させる。これを世に出した巨麿の長男義宮も、これはあくまでも巨麿が実際に体験した話として伝えている。

 

最後に、故人・高畠吉邦(天神人祖一神宮管長)の妻、澄江さんの証言をそのまま紹介しよう。

 

(澄江さんの証言)

義父の巨麿はすごい能力をもった、すばらしい人でした。巨麿が飛ぶのを目撃したのは、夫の吉邦と巨麿の妻いつ(明萬)ではないかと思います。私は見ていませんが、そう聞いています。

 

何でも天津教に対する弾圧が続いていたころ、このままでは大事な文献や神宝が押収されてしまうのではないかと恐れた巨麿が、空を飛んでそれを取りに行ったのだと、義母(いつ)は言っておりました。

 

その大事なものが何であったのか、私は知りません。おそらく戦時中、富山県大山町文珠寺の知人に預けられていたものの一つではないでしょうか。それらは戦後、磯原(茨城県)に返されました。吉邦は、巨麿はお正月になると空を飛び、天から火をもらって来るのだと話していました。(転載終了)

 

『竹内文書の謎を解く①:著・布施泰和』より

 

空も飛べるはず(平成6年 スピッツ)