≪メルトダウン再び≫
もっと過酷なのは、特別養護老人ホームだった。新崎原発からわずか3キロの距離に立地するこの施設では、要介護4や5の高齢者を80名収容していた。要介護4や5というのは、いわゆる寝たきり老人である。
平日の日中は、30名近いスタッフが働く特別老人ホームであるが、夜間の当直は、介護職3名と看護婦1名の合計3名体制だ。正月の午前は、祝日のなかでも最小の体制で、当直明けの3名に加えて、さらに介護職3名が、午前9時にようやく出勤してきていた。(メルトダウンが起きたのが元旦の朝という設定です)
防災無線のスピーカーから避難指示の放送が流れてくるが、80名の寝たきり老人を6名の職員で連れ出すことなど不可能だ。特別老人ホームがあらかじめ策定していた避難計画では、原子力緊急事態宣言の前に退避準備指示が流れ、その時点で当直が施設長に連絡、そうして施設長からスタッフに参集の連絡が行くことになっていた。しかし、まず施設長がつかまらなかった・・・。
施設長はUPZ(緊急時防護措置準備区域)の圏外の新崎市に自宅がある。自宅に電話しても留守電に切り替わるし、携帯電話も同じだった。避難のためのバスも一向に来ない。原子力緊急事態宣言が発出されれば、保健所がバスを差し向けるはずなのだが、いったいどうなっているのだろうか?仮にバスが来たとしても、スタッフが集まらなければ、寝たきり老人をバスに乗せることすら不可能なのだ。
そうこうしているうちに、特別養護老人ホームの周辺も、交通渋滞で車が動かなくなった。こんな大渋滞のなか、施設長やスタッフは現れるのだろうか?バスは来るのだろうか?寝たきり老人とともに自分たちも取り残されたのだろうか?施設のスタッフたちは、もう祈るしかなかった。
またフクシマでは、自衛隊員が病院に駆けつけて患者を搬送したと聞いたが、自衛隊は来てくれるのだろうか?スタッフたちは、希望と不安が入り混じる気持ちで渋滞した道路を見つめていた。
この渋滞であれば、施設長や他のスタッフが出勤してくるという期待は持てない。朝早く目覚めた老人たちのために、おむつを交換して、いつもの通り食事を出さなくてはいけない。ボケた老人たちには原発事故の深刻さなどわかるはずがなく、いつものようにお腹を空かせているのだ。
(次回につづく)
