初秋、栗蒸し羊羮 | ザスタのクマさん

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秋の湿り気まで甘みに変えてしまうのが、
栗蒸し羊羹のいいところですね。

雨後新栗譚

初秋、雨がひとしきり空を占領した年の栗は、
どこか水の記憶を抱いている。山のひだに灯る青さは、
まだ夏の名残を袖に隠しているくせに、木の実だけは
先に老成して、黙って季節の岸へ渡ってゆく。

雨は栗の毬を打ちながら、
まるで小さな太鼓を幾千となく叩いた。

すると土は深く息をし、実はその暗い呼吸の
なかで、ひそやかに肥えていったのである。

おそらく今年の栗は、
晴天のみを食って育った栗よりも、
幾分か沈思の色を帯びている。

甘味の底に、雲の影のような含みがあるかもしれぬ。








そういう栗が町へ降りてくるころ、
菓子屋の硝子の向こうには、秋を
ひと棹に封じたような和菓子が現れる。

栗蒸し羊羹である。

新栗が出まわる秋から初冬へかけてだけ
許される、いわば季節の短い独白である。

羊羹という名を持ちながら、それは冬の
煉り羊羹のように端然とはしていない。

もっと湿って、もっと柔らかく、もっと人の心に
近い。舌へ置けば、まず餡の闇がしずかにほどけ、

そのうちに栗の肉が、夕日を含んだ小さな丘の
ようにあらわれる。ねっとりとした甘さのなかに、

ほくほくとした実りが差しこんで、
味覚はまるで薄暮の野を歩く旅人になる。







竹の皮に包まれた一棹を切るとき、
刃の下で秋が割れる。その断面には、

山から下りてきた黄金が、
夜のような羊羹のなかに沈んでいる。

私はそれを見るたび、歳月とは
結局、こういうふうに甘く黙って
積み重なるものではないかと思う。

雨の多かった日々も、曇った空も、濡れた土も、
みなこの一切れのための前奏であったらしい。

栗蒸し羊羹は菓子でありながら、秋の遺書である。
しかもその遺書は少しも悲壮ではなく、
ただ静かに、口の中でほどけながら、

今年の秋はこのような味であったと、
淡々と告げるのである。



最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

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撮影   文   熊谷


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