カイロの仲見世、ハンハリーリ市場へ | ザスタのクマさん

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昨日の続き。
エジプトの名物バザール!カイロの仲見世、ハンハリーリ市場へ。


ハンハリーリの昼下がりは、まだ夢の襞をたたみきれぬ
都のまぶたのように、半ば眠り、半ば醒めていた。

十四世紀の塵を吸いこんだ石畳は、歳月そのものが
擦り減って道になったかと疑われる。

市場は日本の仲見世を遠い異国の熱で煮しめたようで、
軒ごとに沈黙を吊し、店ごとに人の気配の抜殻を並べていた。






私は無言のまま歩いた。言葉はこの場所では鳥ではなく、
すぐに迷って壁に嘴を打つもののように思われたからである。

やがてさらに狭い路地へ折れ入ると、道は一筋の川ではなく、
砕けた鏡の罅となって四方へ走っていた。

幅一メートル半ばかりの小径は、蛇の脊骨の
ようにかくり、また折れ、行き止まりは行先を
失った運命の額のように、黙ってこちらを見返した。

閉ざされた店々は棺にも似て、
扉の隙から昨夜のざわめきの亡霊だけが、
まだ淡く滲んでいるようであった。






しかしランプの並ぶ一区画へ至ると、
世界は俄かに金属の花園となった。

灯はまだ点らずとも、吊された無数の器は、
夕闇を待つ蛍の繭であり、光を宿す前の小さき月の群であった。

夜になればそれらは火を含み、壁や石に
アラベスクの影を咲かせ、闇そのものを刺繍すると聞く。





その夜、再び訪れた私は、一組の新婚の男女を見た。
妻は光の中に身を置き、花瓶に活けられた異国の
花のように身をひねっていた。

夫はその一瞬を永遠に引き延ばさんとする者のごとく、
地に坐し、低き所から掌中の機械を向けていた。

あたかも愛とは、相手を実際よりも少し脚長く、
少し美しく、この世に写してやろうとする、
いじらしい虚構の技である。







古き迷路の底に、人の世の新しい幸福が、
ほのかな火のようにともっていた。
人は旅をし、光の中に立ち、自らを記念する。
だがその背後では、幾世紀も前の夜が、
少しも老いずに同じ灯を揺らしている。

私はただ黙してそこに立ち、異国の迷宮の奥で、
時というものが一枚の薄い燈影にすぎぬことを、
ふと教えられた心地がした。





最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

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撮影レタッチ  文   熊谷


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