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今日は、あらためて言うまでも無く、キリスト様の聖誕祭です。
ということで、一昨年前に見たドラマチックなキリスト像をご紹介します。
場所は、ジャンヌ・ダルクが生まれ育ち、神の声を聞いたというドンレミという村です。
現在のドンレミ村は、20戸200人足らずの人が住んでいる慎しやかな村で、
ムース川に浴って南北に広がる村の中央に、ジャンヌの生家があります。
生家を出て右側(西)の緩やかな坂道をほんの5分ほど上って行き、
小高い丘の上に立っと、驚くべき景色に出会った。
吹きさらしの草原の真ん中に、等身大のキリスト様の十字架がぼつんと立っていて、
のどかな田園風景に似つかわしくない、その本物の様な痛々しいお姿に
『オオ~ジーザス』とうめくような言葉が、思わず口から漏れてしまった。
さらによく見てみると背景の雲の形が左に竜、右に虎の顔の様にも思え・・・
その劇的な情景に、しばらく、その場に釘ずけになってしまい、
草原に吹く風の中で僕の心が、衝撃から畏敬の念に変っていくのを覚えた。
撮影 熊谷
クリスマスに話を戻しましょう。
今日は、キリスト様の無償の慈愛を讃え、キリスト様を生んでくれたマリア様に感謝し、
僕はクリスチャンではありませんが、聖書の一節を掲載したいと思います。
熊谷
心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。
柔和な人々は、幸いである。その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである。その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は、幸いである。その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人々は、幸いである。その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。
byマタイによる福音書5:4
悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。
柔和な人々は、幸いである。その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである。その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は、幸いである。その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人々は、幸いである。その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。
byマタイによる福音書5:4
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