一度 希望を持つと
それが消えたときの 絶望は
大きい
私は
ソファで 脱力していた
壁の時計は 5時を廻っていた
外は
少しづつ 明るくなってきていた
あと3時間 経てば
病院が 開く
それまでの 辛抱だ
脱力しながらも
眠れそうにないので
私は
携帯を ぼ~っと見ていた
そんな時
横で 紙がガサガサする音がして
母が 目が覚めたようだ
ここは どこ?
私に 話しかけてきた
病院だよ
と答えると
おうちに 帰らないの?
でも おかあさん
靴も ズボンも 履いてないよ
え?
あら まあ そうなの?
母は 紙をガサガサとめくり
自分の下半身を見て 驚いていた
けれど
いいわよ これで
とにかく 早く帰りたいわ
と 再度 言った
私は
母が いいなら
それでかまわない気が してきた
私が 恥ずかしい思いをするわけじゃ
ないしね
…でも
でも やっぱり
母が 周りから
好奇の目で見られたり
笑われたりするのは
私が イヤだ
腹立たしくも
そう 気付いたのだった
その後
母が また何か
話し始めそうだったので
私は
急いで スマホのYouTubeを開いて
懐かしの昭和歌謡を かけた
母と これ以上会話をするのは
今は 勘弁してほしかった
スマホを 母の膝に乗せると
母は 小さく歌い出し
その世界に 没入していった
スマホを 母に渡してしまったので
私は 母の隣で
バッグの整理を 始めた
整理しながら
もう一度
どこからか 旧札が出てこないか
ダメ元で
ポケットに 手を突っ込み
ポーチを開き
お薬手帳入れの中を
探ってみた
そして 最後に
再度 自分のお財布を開いた時
クレカの間から
ポトン と何かが落ちた
小さく畳まれた それは
最初
長い時間をかけて 固くプレスされた
紙ゴミに見えた
あれ? これ…
拾いながら
胸が 高鳴った
そろそろと開いてみると
それは
きゃ~~~~~~っ
まさかの
旧札の千円札だった
額面は1000円だけど
その時の私にとっては
10000円にも匹敵する
神様が
最後の最後に 私にくれた
プレゼントだった
隣で 母が
興奮する私を 一瞥した
でもすぐ 流れている歌のほうに
興味は戻った
私は
あの自販機のもとへ 走った
旧千円札は スルスルと入っていき
私は あんなにも欲しかった
スリッパとズボンを
遂に 手に入れることができたのだった
そのズボンは
ペラペラの 合繊でできた
実に 安っぽい代物だった
でも そんなこと
今の私には どうでもいいこと
とにかく ズボンなんだから
スリッパも
同様
とにかく スリッパなんだから
私は 母に
安っぽいズボンと
安っぽいスリッパを 履かせてから
恥じることも
何の後ろめたさを 感じることも
なく
タクシーを呼んだ
運転手さんは
とても 気遣いのあるひとだった
介護タクシーではなかったけれど
足元のおぼつかない 母の乗降を
急かすことなく 見守ってくれたし
必要なところでは 手も貸してくれた
家に着き
私たちが 車を下りた後
運転手さんは
わざわざ 窓を開け
お大事に
と言ってくれた
挨拶の最後に テンプレで使われる
この言葉が
こんなに 心に染みるなんて
そんな風に感じたのは
初めてだった

