救急治療室のベッドの脇で

長い 長い

内なる戦いの時間を 過ごし

 

どのくらい 経っただろう

 

 

先程の研修医が

 

上の先生が

検査結果を 説明するので

こちらにいらしてください

 

と 私を呼びに来た

 

 

 

中年の 指導医らしき先生は

私に 頭部のCT画像を観せながら

 

外傷だけで

脳に 問題はないようですね

 

と言われた

 

私は ホッとした

 

母は認知症で

脳の機能は

もともと 損なわれているけど

 

それでも 一安心

 

 

背中などの痛みも 訴えていますが

ほら こちらも

このレントゲンを観る限り

骨折などは なさそうです

 

そう 言われて

デスクの画像を覗く 私

 

見ても 何もわからない

 

ただ

 

骨に異常がないのだとしたら

先生に伺いたいことが

あった

 

 

あの…本人 ものすごく

痛がっているんですけど

じゃあ その痛みは

筋肉痛ってことですね

 

私の言葉に 先生は 

 

まあ 今は救急対応の時間で

読影医がいないので

もしかしたら う~ん…

でもなあ

 

と一瞬 迷う気持ちを覗かせたが

 

専門ではないけれど

それでも 医者として

自分の判断に

それなりの自信は あるようだった

 

そして

 

鎮痛剤を 5日分処方しておきます

 

追加で 薬が必要であれば

かかりつけ医に もらってください

 

多分 それで

痛みは 治まっていくと思いますが

もし 長引くようであれば

次回 抜糸の時に

再度 診ましょう

 

言外に このまま帰るよう

促されたのだった

 

 

 

入院には 至らなかった

 

そのこと自体は

幸いだった

 

でも

 

家での大出血と 頭部縫合

母の年齢と

今 全身の痛みがあること

などを 考えると

 

私は

 

本当に このまま家に帰って

大丈夫なのか

ちょっと 不安だった

 

 

でも 病院内で

上級医の声は 天の声(←ホント?)

 

私の気持ちとは 関係なく

スタッフたちは

母を 車椅子に移動すべく

テキパキと 準備を始めた

 

痛がる母の 上半身を起こし 

かけていた毛布を 剥いだ

その時


私の目に

飛び込んできたのは

 

紙おむつ一枚だけ つけた

母の下半身だった

 

 

トイレを 失敗したんだろう

 

濡れた パジャマのズボンは

ビニール袋に入れられて

無造作に 足元に置かれていた

 

 

しかも

その時

 

もうひとつ 気づいてしまった

 

 

母は

靴を履いてきてなかった

 

救急車に乗る時

担架で運ばれたので

靴のことは

すっかり 失念していたのだった

 

 

…と いうことは

 

オムツの下半身に 素足

という格好で 帰るのか

 

いやいやいや…


しかも 栗頭

 

怪しすぎる…


 

私は

ひとりのスタッフに 尋ねた

 

何か お借りできる

 もしくは 売っている

ズボンと履物は ありませんか

 

スタッフは

隣の同僚と 顔を見合わせ

 

その後

近くにいた あの女医の顔を

窺った

 

女医は

 

あ~

うちは 貸すとか そういうの

ないんですよね~

 

きっぱり そう言った

 

見事なまでの スパッとした言い切りに

私は 言葉を返せなかった 

 


でも


さすがに

困惑している私に 同情したのか


 後から

治療室の 出口のところで

私たちに声をかけてきた

 

これでよければ あげられますよ

 

 

その女医は

よく 診察台のカバーなどで使われる

使い捨ての ガサガサの紙を

車椅子に座った 母の膝の上に

バサッ と乗せてくれたのだった