日付が変わる頃

着いた病院は

 

我が家から

比較的 近い場所にある

 病院だった

 

 

運ばれた時

患者は 母しかいなくて

 

すぐに

救急治療室に 運ばれていった

 

待合室で 待っていたのも

私だけだった

 

 

静寂すぎる空間に いると

ひとは

ろくでもないことしか 考えない

 

 

母は 大丈夫だろうか

 

このまま 死んでしまうのかな

 

もし死んだら

それは 私のせいなのかな

 

 

そんな考えが 頭を占めて

30分位 経っただろうか

 

治療室から出てきた

若い女医に 

声をかけられた

 

 

〇〇さんの ご家族の方ですね

 

先程

全身の検査をしました

 

その結果が出るまで

少し 時間がかかります

 

今から 傷の縫合をするので

お母さまの傍に

ついていていただけますか

 

ちょっと せん妄が

出ているようなので

 

 

せん妄?

 

 

せん妄とは

意識がぼやけて

夢と現実が ごっちゃになったり

見えないものが 見えたりする

状態のこと

 

認知症の人は

環境が変わったりして

不安を感じると

せん妄が 起こりやすい

 

 

女医が最後に言った その言葉に

一抹の不安を感じながら

ついて行くと

 

母は

頭を 包帯で

ぐるぐる巻きにされ

 

指先や胸に

色々器械をつけられて

ベッドに横たわっていた

 

 

ぐったりとはしているものの

指先だけは もぞもぞと動かし

 

器械を 外そうとしたり

 

ガーゼの下の傷口を

触ろうとしている

 

 

〇〇さん

動かないでくださいね~

 

女医は

イラつきを押し隠すような声で

そう言って

 

自分の手で

母の手を 制しながら

 

ほらね こんな具合に

困ったことをするんで

ご家族の方 頼みますよ

 

と言いたげに 私に視線を向けた

 


それから

 

今から 縫合の準備してきます

 

という言葉を残して

どこかへ 行ってしまった

 

 

 

二人きりになった後

 

私は

動き続ける 母の指を握って

声を かけた

 

お母さん 気分はどう?

 

母は 目を開けて

私を認識すると

 

あのね

この時計 なんか変な感じなのよ

 

そう 訴えてきた

 

 

その指先に ついているのは

どう見たって

時計じゃなくて

パルスオキシメーターだ

 

ああ これが

せん妄 ってことなのね

 

私の中で

先程の女医の言葉と 繋がった

 

 

 

おかあさん

ベッドの脇で 転んで

血が いっぱい出たでしょ

 

だから ケガの具合を

今 調べていただいてるのよ

 

これは 時計じゃなくて

調べる器械だから 外さないでね

 

私は 母を落ち着かせるように

順序立てて 状況を話した

 

 

すると

 

母から

びっくりな言葉が 返ってきた

 

 

認知症のひとは

想定外の言動や 行動をする

 

私は 慣れて

もうあんまり

驚かなくなってきていたけど

 

でも さすがに このセリフは

衝撃だった

 

 

えっ ケガ?

 私が?

 

ここは 病院?

なんで?

 

え~~~~っ 

 

 

 

母の記憶からは

転倒し 大出血して

救急車で 病院に運ばれたことは

完全に 消去されているらしい

 

 

と いうことは

 

もしかして

 

ここに至るまで

心身共に 追い詰められ

精根 尽き果て

自責の念に 押しつぶされそうだった

私の数時間も

なかったことに?

 

 

…………

 

 

その時

突然

 

私の頭の中に

 

認知症最強

 

という言葉が 降ってきた

 

そして

突風に煽られる 桜吹雪のように

 

認知症最強…

認知症最強…

認知症最強…

認知症最強…

認知症最強…


この言葉が 

しばらく 大量に

舞い狂っていたのだった