これは、、、実は女性の方にはなかなかご理解下さらない方も多い話ではあるが、、、ま、ご理解頂けなかったら、「そんな考え方もあるんだな」くらいに受け止めて頂ければ、と思います。
世の中には「勝ってはいけない喧嘩」というものもある。
喧嘩というものは、決して「勝てば良いもの」「勝つことが目的なもの」のみではないのである。
これは何も、「負けろ」と極端な話をしている訳では勿論ない。
「勝たなくても良い喧嘩」
「負けさえしなければ良い喧嘩」
もあるのである。
勝っても、それ以上のものを失うことがある場合もあるのである。
喧嘩上手な人は、ここを非常に上手く使い分ける。
これは、その人の器にも関わってくるものではあるが、喧嘩上手な人は、すべての喧嘩を勝とうとはしない。
むしろ、相手の状況を視ながら、場合によっては、喧嘩しながらも自分が用意した「勝ち」を相手に持たせる。
ひとつ例を挙げてみる。
喧嘩上手のA氏は、B氏と不本意ながらも喧嘩になった。
屈強なA氏にとって、ひ弱なB氏は喧嘩の敵にすらならない存在である。
しかし、ここでB氏を徹底的に負かしてしまうと、人格者として名高いB氏の支持者の多くを敵に回してしまう。
A氏を現在取り巻く状況から、それは出来れば避けたい。
そんな状況下に置かれた場合、A氏はどんなことをされても痛くも痒くもない所をわざと隙を見せてB氏に叩かせる。
そして本当は全く痛くもないにも拘わらず、わざと少し痛がって見せる。
B氏は、それが「A氏によって作り与えられた勝ち」であることを知らずに、その喧嘩に満足して終わる。
A氏にとっても、痛くも痒くもない所をわざと叩かせただけで、十分に笑って許せる範囲内である。
こうすることによって、本気で喧嘩をしていたら失っていたであろうものも、失わずに守ることも出来る。
これを少し応用すると、
「勝たなくても良い喧嘩」
「負けさえしなければ良い喧嘩」
も十分に活用することが出来る。
私は「三国志」が大好きで、もう何十回も原本を読んだ。
(流石に最近は老眼がひどいので、もう文庫本は読めないが・・・。)
言うまでも無く、「三国志」は今から約1800年ほど前の古代中国で繰り広げられていた戦争に継ぐ戦争の物語である。
(実はこの時代に生きていて槍を持って馬に乗って激しく戦っていたり、刀で石を切りつけた記憶も私にはあったりする。(余談です、聞き流して下さい))
諸葛孔明は蜀の国の天才軍師として名高いが、彼の軍令にも、「これは負けさえしなければ、勝たなくてもよい」と指示して軍を戦に送り込んでいるものも非常に多くある。

喧嘩して勝っても、それによってあまりにも大きい代償を払うこともあるのである。
そしてそれは今の時代にも当てはまることでもある。
すべての喧嘩に勝ち続ける「勝ち癖」を付けている人は、実は本人も気付かぬところで多くのものを失ってしまっている場合も多い。
今から30年以上前、私はある会社の社長N氏と接触することがあった。
非常にエネルギッシュな人で、年齢は当時40代であった。
非常に短期で、よく人前で自社の社員を怒鳴りつけていた。
そんなN社長、、何故か私のことを非常に避けていた。
そのN社長の社内教育を一度見せて貰うことがあった。
N社長がその社内教育で盛んに言うことは
「どんなことにも勝ち続ける、勝ち癖をつけろ!」
「どんなことにも、すべて勝ち続けろ!」
というものであった。
そして、N社長自身も、それを実行してきていることを自身満々に語っていた。
当時まだ私も若かったが、さすがにその言葉には違和感を覚えたことは、今でも覚えている。
そんなN氏の会社、当時聞いたところによると、不思議と社員が次々と病気で長期入院し退職する、という事がだいぶ前からずっと起きていたとのことである。
そして当然、N氏の元から人が去って行くことが当たり前であった。
折角採用した自身も秘書も、次々と短期間で去っていたようである。
そんなN氏、自身の会社の商品、ビジネスを、
「これからの世に絶対に必要になる!」
「1990年代には一家に一台は必要なものになる!!」
と豪語していた。
私はN氏とも、N氏の経営する社とも、その時だけの一時的な接触であった。
が、それから数年後、なんと、N社長はそのビジネスを完全に辞めてしまっていたのである。
勿論、N氏が「一家に一台必要」と豪語していた商品は、今なお、世間に広まってすらいない。
そして、社はそのまま存続しながら、そのビジネス内容を、今までとは全く関係のない美容エステのビジネスに転換していたのである。
恐らく、相当の人員が去っていき、元々のビジネスが完全に回らなくなったのではなかろうか。。
そして、新たに始めていた美容エステのビジネスも、その後どうなったか、私はあまり関心がなかったのでそのまま放っておいた。
ただ、、今から数年前、コロナが始まる少し前、N氏の噂を風の便りに聞いた。
「今は飲み屋やってる」とのことである。
「全てのものに勝ち続けること」
により、本人は満足を得られるかも知れない、が、、それによって失うものも大きい場合もあることを雄弁に物語る一件であった。
私が何故、今日こんな話をしたか、、、。
実は先日、たまたまSNSに流れてきた動画を見て、これと通じることを感じたのである。
ある政治団体の党首が街頭演説で一般人から質問を受けていた。
その政治団体、ある自治体の選挙に候補者を出したものの、落選している。
質問者の女性は元々その党の支持者であり、選挙期間中、ボランティアで4日間もビラ配りをしてくれていたとのことである。
しかし、党の本部から十分に支援が無かったことの不満を、その街頭演説で党首に質問していたのである。
しかし、その党首の返答が、耳を疑うほどの極めてひどいものであった。
仕事も持っている忙しい中、4日間も貴重な時間を割き、まったくお金も貰わずにボランティアで支えてくれていたのである。
真っ先にその御礼を大いに述べることが普通である。
しかし、その党首は簡単にお礼は言ったものの、ニュアンスとしては「たったの4日間程度で!!」ということを平然として口にしたのである。
この党首、通常の国会質疑でもすべて理屈、屁理屈を押し通して「勝ち癖」を付けている為か、あろうことか、それをこのボランティアをしてくれていた女性支持者に対しても同じ「勝ち癖行為」を行ってしまったのである。
党首本人は「勝ち」を納め、満足であろうが、、、これにより、多くのものを失うことが解っていないのである。
質問者の女性は最後に、「納得いきません!」と憤って発言していたが、間違いなく、その党の支持は今後一切辞める筈である。
そして、この動画を見た多くのその党の支持者も、今後の支持を離れて行くはずである。
「勝ち癖をつけること」
「勝ち続けること」
は、ある場合は一時的に必要になる場面もあるかもしれない。
が、しかし、それをどんな場合でもすべてに押し通すことは、逆に多くを失う結果をもたらすことが多い。
そんなことを改めて思った。
では。