今年の桜は、ほぼほぼ散ってしまった。
八重桜系が今は見頃ではあるが、日本の桜は本当に美しい。
今回は、今年見た桜からいくつか写真を掲載します。


私は、春はもちろん、春夏秋冬すべてが大好きである。
それぞれに良いところがあり、常に時間とともに変化していく様は、見ていて飽きない。
本当に、四季がある日本に生まれてきたことに感謝しかない。
では。
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ようこそ、ここまで。
久しぶりに隠し投稿です。
本当に久しぶりになってしまいました。
ここ隠し投稿では、生まれつき霊感が強い私が感知している、人間界ではまだあまり知らされていない霊界での情報をほんの少しだけ公開しています。
今回は、このブログでも何年も前から「機会があれば」と先延ばしし続けていたご守護神について。
ただ、神の世界は人間の想像を遥かに超える、次元すら全く違う無限の世界であるため、私ごとき一人の人間にその全てを理解することなど絶対に不可能です。
また、私が感知出来ている分だけでも、その万分の一すら私ごときでは語り尽くしきることは絶対に不可能です。
今回のご守護神のお話についても、その無限の世界のほんの極々一部の一側面からのみの話であることをご理解しておいて頂きたくお願いします。
今回は、
【ご守護神様と人間との関係】
について。
特に、守護神が出現した人間凡夫に起こるその後の変化についてお話していきます。
(※本来、神の世界に人間界の言葉は不要ではありますが、人間界で一般的に使われているように、ここでは、ご守護神様を捧持している人間を人間凡夫と表現していきます)
では、早速。
ご守護神が出現した人は、そのご守護神が強く深くその人間と繋がっていればいるほど、出現したその日からの生活は大きく変わってくる。
しかし、そのご守護神がいかなる存在かにより、その人間側での変化の方向もそれぞれ大きく違ってくる。
ご守護神の出現による、その後の人間側での生活の変化の方向性は、霊界側から見ると、主に4パターンに分けられる。
それぞれ見ていきたいと思う。
【一つ目】
ご守護神様が出現してから、生活のすべてが順調に回り始めるのが、このパターン。
私生活でも社会生活でも、すべてが良い方向に回っていく。
本来なら上手くいかない筈、無理だった筈、のことも、非常な幸運とともにあまり困難もせずにすべて良い結果を出す。
これが一つ目のご守護神様が出現した後に起きる生活の変化である。
一般的に考えられている守護神の範疇である。
【二つ目】
二番目のパターンは、ご守護神がその人間に対して、一種の霊感のようなもので通知をしてその人間を導く。
人間は生きている間、様々な局面に当たり、幾つかある道のうち一つを選択しなくてはならない時などもある。
そういった時、ご守護神様がその人間に霊感で通知を送り、最善の選択を教えてくれる。
また、その人間に災難が待ち受けている場合も、この守護神様は、事前にその人間に霊感でそのことを伝え回避させてくれたりする。
このパターンの守護神様からの通信してくる霊感の種類は、霊視、予感、霊夢、など、人によって様々である。
但し、自動書記は違う。
これはまた別の機会にお話しする。
以上の2パターンは、守護神捧持者に多く見られる生活の変化であり、ご守護神捧持者の殆どが、このどちらかに属している。
ご自身のことに思い当たる方もいるのではなかろうか。
次に、それ以外の2パターンのご守護神出現による生活の変化であるが、こちらはあまりお目にかかれない、例外的なご守護神様である。
例外としての2パターンのご守護神様の話をする前に、2つほど言及しておかなくてはならないことがある。
ひとつは、上記【一つ目】【二つ目】いずれのご守護神様の捧持者であっても
【ご守護神様の御守護は人間界にある時のみ】
なのである。
霊界入り時も、霊界入り後も、一切ご守護は頂けない。
人間は誰もが死を迎え、霊界入りをする。
霊界入り後、その人間の霊界での行き先は、その人個人の魂の質のみが問われる。
如何に人間界で高いご守護神から人間生活の公私にわたり多くをご守護、お導きを頂いていたとしても、それは霊界入り後の行き先に、ひとつも助けにならない。
また、現代でも「神と接触している」「神からの意志を伝えてる活動をしている」という人もいる。
私はその真偽のほどは一瞬で見抜く。
その殆どは、偽物、または未浄化霊が神の振りをしてその人間を騙しているだけのケースである。
が、ほんの一部の人は実際に上界の霊的存在と接触している。
しかし、そういった人間界での真の霊的活動ですら、当人の霊界入り後の助けにはひとつもならないのである。
霊界入り時は、皆平等に、ゼロからのスタートである。
勿論、これは私とて同じである。
こういった隠し投稿などしても、それは霊界入り後の行き先決定の助けには一切ならない。
霊界入り時は、完全に
【一個人の魂のみ】
が問われる。
”コネ”が通用するのは人間界のみである。
人間側の感情からすると、冷酷なまでに平等なのが、誰もが行かなくてはならない「霊界」の実相なのである。
その為、人間界にある間、ご守護神様から人間生活の多くをご守護してもらいながらも、また、実際に神の意志を人間に伝える尊い活動をしてきながらも、そこにあぐらをかいて「自身の魂の陶冶」という人間にとって一番大切な仕事をしてこなかった人間には、霊界入り後、永遠の悲劇が起こる。
霊界で一番罪とされている「傲慢」「高姿勢」等があったら、もう行き先は地獄である。
事実、人間界でご守護神を捧持して、私生活も社会生活も順風満帆であっても、或いは、ご守護神様から霊感を頂き、様々な困難を避けてきていても、霊界入り後は地獄へ落ちている人も非常に多い。
親神であるご守護神様にすべてを頼り切り、本来人間界にある間に懸命にしなくてはならなかった自己の魂の陶冶を怠り続けたまま霊界入りしてしまった人たちなのである。
厳しい話であるが、そういった人達は、立派なご守護神様を捧持しながらも、ご守護神様の真に意図するものを汲み取れなかった人達でもある。
逆に、いかにご守護神様から順風満帆な人間生活を頂きながらも、常に心の底からの感謝を忘れず、真に謙虚で居続けた人の場合、その多くは下界に落ちることはない。
これがひとつ目の話である。
そしてもうひとつは、霊界での厳しい法則、掟についてである。
霊界で一番早く上の段階へ昇る方法は、上の段階の霊界と深く交信し、上の霊界からの力を頂くことである。
しかし、霊界には非常に厳しい掟があり、ひとつ上の段階の霊界へさえも、その霊自身だけの力では、行くことは勿論、交信することすら絶対に不可能なのである。
そのため、一般的に、霊界でひとつの段階を昇るだけでも、気の遠くなる長い長い時間をかけ、それこそ毎日が拷問のような日々を送り続けなくてはならないのである。
極々希に、上界から導きが来ることもあるが、それこそ数十年から数百年に一度くらいの頻度であり、また、折角そのお導きが来たとしても、あまりにも上界からの神々しい光にとてもとても耐えきれずに逃げ出してしまう霊がほとんどである。
多くの霊が、悶々として、今いる霊界で気の遠くなる時間を想いながら過ごしているのが現状である。
しかし、ひとつだけ、今いる霊界と別の世界と簡単に接触できる手段がある。
媒体を通すことである。
そしてその媒体の中で、霊にとって一番接触しやすいものが人間の肉体なのである。
ある霊が上の霊界や地獄界と接触するのも、また霊界だけでなく人間界と接触するのも、人間の肉体を媒体とすればいとも簡単に出来てしまうのである。
(余談ではあるが、霊の取り憑き(憑依)は様々な形でされてくるが、そのひとつがこの方法を応用している)
その為、ある霊がひとつ上の段階の霊界に行きたく思い、人間に取り憑き、上界霊と接触しようとするケースもある。
以上の2点を踏まえて、話を元に戻し、残りの例外的なご守護神様の2パターンについて語っていきたいと思う。
【三つ目】
このご守護神は、さらに上の霊界等他からの指令によって出現しているケースが多い。
このご守護神様は、ご守護神として出現したものの、実は人間凡夫を守護するだけの力がまだない。
そのことをご守護神自らも認め、人間凡夫にご守護神として出現できたことを幸いに、その人間凡夫の肉体を媒体として、上界霊と接触をして自身の霊的な力を得ることをし始めるのである。
しかし、これは人間凡夫にとって、とんでもない過酷な状況が発生する。
ご守護神という霊的存在が、人間凡夫を通して上界霊と接触し上界のお力を得るためには、当然それなりの厳しいお導きが発生する。
例えると、ひとつ上の霊界の10の力を持つ神霊「A」が、今回のご守護神「B」に研修をする場合、ひとつ上の神霊「A」は、ご守護神「B」に対して、マイナス10の負荷をかける。
そして、ご守護神「B」が必死に研修をして自らの力でマイナス10をゼロまで持っていく。
それにより、ご守護神「B」は、神霊「A」の持つ力を得ることができる。
厳密に言えば少し違うのであるが、おおよそこのような原理により、ご守護神「B」は霊界での力を付けていけるのである。
間違っても、滝行などの仏道修行では全くない。
しかし、これは人間凡夫にとってとんでもない事態が発生する。
何せ、ひとつ上の神霊「A」によってかけられたマイナス10の負荷は、人間凡夫に直接表れて来るからである。
ご守護神「B」の研修中、神霊「A」によって掛けられたマイナス10の負荷による身体的、精神的な苦痛はずっと続く。
さらに、人間生活でも公私を問わず様々な場面にマイナスの負荷が表れて来る。
ご守護神「B」が研修を終えない限り、この苦痛な生活がずっと続く。
しかしこの場合、ご守護神「B」自らが霊界で探してきた上界霊との研修である。
いくら人間の肉体という媒体を通したとしても、幾段階も上の霊界とは、とてもとてもご守護神「B」自らは接触できない。
その為、どうしても大きな長足の進歩は見られない。
これが、三つ目のご守護神様の出現による人間生活の変化である。
霊界側から見ると、このパターンも立派なご守護神様ではあるが、人間側にとっては、あまり有難くないご守護神様なのかも知れない。
そして、このパターンのご守護神捧持者は、ほとんど見掛けない。
【四つ目】
このご守護神は、極めて高い神界に棲み、霊界のすべてに通じる極めて高い力を持つご守護神様である。
上記の3つの種類のご守護神様とは、その力量や及ぶ範囲は、幾桁も違う。
霊界のすべてに通じ、極めて強大なお力を有する神霊がご守護神として出現した場合、人間凡夫には、上記の3つのパターンとは全く違う変化が起こる。
先ほど
【ご守護神様の御守護は人間界にある時のみ】
と述べたが、このパターンの極めて高い力を持つ神の場合、「霊界での御守護」ができるようになる。
とは言っても、霊界入り後に上界へ引き上げてくれるのではない。
上述した通り、霊界入りは皆が平等にゼロからのスタートを切り、”コネ”など一切通用しない。
そのような事情であるからこそ、このタイプのご守護神様の御守護は、人間凡夫が人間界にある間、その凡夫の霊的存在である魂に徹底的に霊的な研修をさせ、霊界入り後は、通常なら数千年数万年とかかるであろう高い霊界に、自らの魂の霊的な力で一気に昇り詰めれるように磨き上げてくださるのである。
その方法は、一つ前の【三つ目】のご守護神様と同じ原理のものを、生きている人間凡夫の魂に対して行う。
ご守護神様は、出現したその日から、その人間凡夫に対し、数十年先までびっしりと幾千幾万とも知れない膨大な数の強大な霊的存在に、強大なマイナスの負荷をかけさせ続ける道を授ける。
しかも、【三つ目】のご守護神様の時とは違い、強大なお力を有する、極めて高い神界の神霊による研修である。
人間凡夫に呼び込むことができる霊的存在も、非常に強大な力を持つ存在ばかりとなる。
その為、人間凡夫にかけられるマイナスの負荷も、極めて大きく、厳しく、過酷なものになる。
その過酷さは、【三つ目】のご守護神様とは比べものにすら全くならない。
ある日は非常に高い霊界の強大な力を持つ霊的存在が、そしてある日は強大な地獄霊が、人間凡夫に対して己の持つ力のありったけをマイナスの負荷としてかけてくる。
そして、人間凡夫の魂がそれを乗り越えていくたびに、人間凡夫の魂の霊的な力も上がってくる。
しかしこれは、人間凡夫にとっては、人間界での生活が非常に大きく変化する、非常に厳しい過酷な話でもある。
ご守護神が出現したその日から、強烈なまでに荒れ狂った運勢の生活が始まる。
極端な霊体質に落とされた上、身体的な苦痛、精神的な不安定は四六時中発生する。
生活も公私共々、どん底のどん底のどん底に突き落とされる。
落とされる度合いも想像を超える。
家庭の崩壊、学業や職業の崩壊、社会的立場も完全にどん底に落とされる。
金銭的にも、社会的にも、すべてが行き詰まる。
本当にその日食べるものもない極貧生活にイヤというほど落とされる。
人間関係も不自然なほど全てが破壊され、完全な孤独に陥る。
ひとりになるのは人間界だけではない。
霊界でも完全にひとりとなり、四六時中、不気味な霊現象が付き纏う。
悶々と苦しい生活の中、ようやく一筋の救いの道がつかめた、と思った途端、不自然にその道も絶たれる。
「泣き面に蜂」
という言葉があるが、そんな生易しい程度ではない。
そして、人間凡夫のすべての想念、行動は四六時中、ご守護神様から監視され、霊界では悪となる想念を人間凡夫が発した途端、恐ろしく厳しい天罰を落とされ、徹底的に想念の反省をさせられる。
そして、あらゆる霊界を感知させられ、霊界のあらゆる実相も徹底的に教え込まれる。
そんな生活が数十年続く。
しかし、十年、二十年と過ぎ、ある程度人間凡夫の魂自体に霊的な力が付いてくると、まだまだ過酷な研修中でありながらも、少しずつ状況も変わってくる。
人間凡夫の魂自体が、非常に高い霊界に沿った波長になり、そして、それまで無差別に人間凡夫の体に入り込んできていた低級霊の類いも、簡単には入り込めなくなってくる。
そして、それまでの極度の低級霊体質も、徐々に高級霊体質に切り替わっていき、高い霊界とばかり波長が合うようになってくる。
人間界でも変化が少しずつ出てくる。
無意識に取った行動が、後から見ると、不自然なほど災難を避け、最善の道を取っていた、などということが増えてくる。
本人が気付かないところで、数千万分の一の幸運に恵まれ、命拾いをしていたりする。
それでも、人間凡夫の過酷な研修はまだ続く。
そして、このタイプのご守護神保持者に共通していることは、こういったご守護神様からの研修以外の、多くの神々から接触されてくることである。
そして、厳しい研修中でありながらも、膨大な数の守護神霊集団をも背負ってくるようになってくることである。
この手のご守護神捧持者は、異例中の異例である。
お目にかかれる頻度は、ひとつ前に言及した、ほとんど目掛けない【三つ目】のパターンより、大幅に激減する。
私が半世紀以上、四六時中霊と接触してきていて、このタイプのご守護神捧持者にお目に掛かれたのは、たったの二人である。
有難くも、私はご懇意にさせて頂いている。
内ひとりは、もう十年以上前に80代の齢をもってこの世を去っている。
では、、、その極めて高位なご守護神からの研修を耐え抜いた人間凡夫には、どのような霊界が待っているのであろうか。。
どのような霊界にいらっしゃるのか、私は以前、お亡くなりになっているお一人様方を霊界に探してみた。
申し訳ないが、とてもとても私の霊視ごときには映ってこないのである。
「眩しい」などという程度の生易しいものではない。
あまりにも巨大で強烈な途方もない、神々しい光が渦巻く世界を、極めて遠くから感知することしかできないのである。
とてもとても人間界の言葉では表現出来ない。
このお方は、霊界入り後、人間界からは想像することすら出来ない、極めて高い霊界へ一気に上り詰めていたのである。
これが【四つ目】のご守護神が出現した人間凡夫に見られる生活の変化である。
真に高い神霊は、人間界の即物的、一時的なものではなく、最も大切な、永遠の霊界生活で自ら救われる道を授けてくださるものである。
人間界にある間は、なかなかそれも理解できない人も多いのではあるが、これこそが、神の厳しくも深い真意である。
以上がご守護神が出現した人間凡夫に起こる、その後の生活の変化である。
そして、冒頭でも述べたように、今回の話は、神の世界でもほんの極々小さな一面則の部分での話に過ぎないということは、再度ご承知おき下さい。
では。

















