❤紫陽花♪⑤ 日本の近代化と大吉 | 地球の日記☆マーク♪のblog☆

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ようこそ、幸運のブログへ!

 

考えていたことが現実になる

 

 こんにちは。

前回、国威発揚の必要性や、ヒントを

ズラっと並べておきましたが、公平に見て

近代化第一の功労者は、幕府に
よる長州征伐にもめげずに、それをバネに

長州ファイブの伊藤博文などが新国家を築いてしまったガッツと幸運にある。

 

 

前号のこの国のターニングポイントとなる史実をサラッと述べておいたが

どこが、キーポイントだったかお分かりいただけましたでしょうか?

 

 

(元治1)1864年 6月 池田屋事件で新選組、名を成す。第一次長州征伐。

伊藤博文と井上聞太、英国より帰国。

  7月 禁門の変。長州兵が(蛤御門)で朝敵となる。

8月 馬関戦争(英仏米蘭連合艦隊、下関を砲撃) 

12月 長州藩内で幕府軍と交戦するか、和睦し責任者を切腹させるか藩論がまとまり幕府に屈す。      

 

 

(慶応1)1865年 2月 長州藩の諸隊、内戦で勝利する。正義(討幕)派が藩論をまとめていく。

          4月 幕府、西国諸藩に第二次長州征伐発令。四面楚歌、絶体絶命の長州藩。

 

ブーゲンビリア

 

1866年 1月 京都で秘かに薩長同盟が西郷、桂(木戸)らの間で口約束として交わされた。

後日坂本龍馬が成文化す。また長州藩に禁じられていた武器の横流しが龍馬の亀山社中を通じて取引される。

 

 

6月 第二次長州征伐開戦。西郷ら薩州勢は幕府の長州討伐出兵令に応ぜず秘かに長州支援策動していた。

7月 将軍家茂薨去。15代は徳川慶喜    

 9月 勝海舟、安芸広島厳島で長州藩との休戦を協議する。

12月 徳川慶喜第15代将軍に就任。攘夷派の孝明天皇崩御。


 

(慶応3)1867年 6月 大政奉還の薩土密約。

10月 大政奉還。薩長両藩主に討幕の密勅。王政復古の大号令下り三条実美ら許される。

 

 

 

     スズラン 

 

 

 

 

 

あの頃の日本人の心意気たるや、見習いたいものだ。

 

長州征伐で一度は恭順したものの、それは非道だとする正義派が、奇兵隊たちを組織して、

一国を四方から攻め来る敵を海援隊たちの武器調達の支援などを受けて、

幕府側を撃退させ、その後、鳥羽・伏見の戦い等で一気に形成逆転し、幕末、新政府樹立と成った。

(その顛末は次号に掲載予定)

 

このように、日本人には他国には見られない特殊な歴史に醸し出された能力があり、

それは、ルース・ベネディクトの「菊と刀」に裏付けされるように、

負けじ魂、自尊心が強い国民性と言った特徴がある。

 

 


 

だから、中国や韓国では日本人を「米国の狗」と蔑まれている因子には、歴史・伝統の浅さがあるが、

日本はこれまで西洋文化で劣っていた中韓を侮っていたのではあるまいか?

日本人の負けない自負感がいろんなところで見られるのは、

観念的な伝統だから、それはある意味仕方がない事で、その事を隣国と理解・情報共有して

前向きに共存共栄して一緒にアジアを、世界をリードしていきたいものだ。

 

 

ただ、見習うべきは、欧米人の世慣れたジョークと、

相手をリスペクトする寛大さではないだろうか。

 

 

愛するネコ達や

 

 

愛でる花🌸達の将来を考えて

自国主義から地球の先行きを

真剣に考える時期が

来ているのではないだろうか?

 

➖吟➖

 

この❤️紫陽花♪シリーズは、

次週金曜日正午Updateで最終回を予定。

 

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明日6月18日(日)は父の日です。ふれあいや労わってあげてください!