こういうのはつらい | 地球の日記☆マーク♪のblog☆

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ある男女ののっぴきならない状況を想像すると、怖い思い戦慄をおぼえずにはいられない。


みなさんも最近のニュースとか一部報道でご存知の方もいらっしゃるでしょうが、大人の男女の恋愛ごっこの陰で幼い児童たちの虐待悲劇。


事件は、子どもがにらんだから暴行したと男は言う。


母親はとめたかったが止められなかった。


そして、母親は病院に連れて行こうとしたら、


男は「お前も逮捕されるぞ」と確信犯的教唆に及ぶ。



こういう事件を裁判員に選任され扱うとしたらどう裁いていくか。


確かに男の凶行は身勝手で犯行を隠ぺいしようとした幼稚さが残る。


ただ計画的とまでは現在のところ公判を維持するだけの確定した証拠は挙がっていないようだ。


男も男なら女も女、いくら惚れあってくっついたからって育児放棄、虐待看過未必の故意として共同正犯、共犯に等しい。


ほかにもいろいろ選択肢はあったはず。


たとえば、児童相談所や民生委員、児童委員に相談するなどいろいろ方法はあったはず。


乳幼児健診は受けていたらしいから母親としての保護責任能力はあったようだ。


恋愛感情が絡むだけに、こういう事件を裁くのは本当につらい。


表裏一体、線引きが難しいだけにどう分別、人間性の区分けが分析ができるか。


母親の悲哀。 ならなぜ誰かに相談しなかったのか。



犠牲になった子どもの事を考えると、何も悪いことをしていないのに・・・・・・。



なんで?・・・・・・。なおさらつらい。


被告が言うように「子供が睨んだから」 とあるが。


単に被告がそう思い込んだだけかも知れない。


子どもは親を良く観て真似をするものだ。



いや、そんな枝葉末節はどうでもいい。


仮に睨まれたとしよう。 睨まれたら暴行していいと勝手な解釈がそもそもの誤りではないのか。


そういうとき「良く観ているね。どうしたの?」とやさしく問いかけることがどうしてできないのか。


多分その子供に男同士の嫉妬をみたのではないか。 


一人の男としてその子供をみたが為に、弱い子供に暴行した。


母親も男と子どもが仲良く一つの家庭を築く夢を見ていたのではなかったろうか。



これを反面教師としてこの手の事件が減っていくようにするためには、陥穽に至る男女のプロセスを細かく分析チェックし、私だったらここでこうしている。と、それぞれが教訓として 過ちを繰り返さない思いを強めれば減っていく確率は向上する。



まだ若い被告、罪の深さを自覚して、必死で反省及び更生計画論文を提出し、そこに人間性を構築できる要素、可能性があれば必ずしも死刑求刑や無期だけとは限らないだろう。



と、私が裁判員に選任されたらこう処理するかも知れんな。



ところで、まだ裁判員裁判制度はやっておったかな。



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