城下町と芸術と。~六~ | 地球の日記☆マーク♪のblog☆

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常に夢を持って波に乗ろう!


~桃太郎の国、岡山・倉敷をたずねて⑥~




で、その藩校の足跡を辿って往時を読み解くに。


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学校、学問のルーツをたどっていくと、たとえば藤沢文学では藩校「致道館」をモデルにした海坂藩の人人の生き方に今日の社会システムたる原型を見出し、そこの講堂に立って、いや座ってみると一つの秩序というかパラダイム(世界観)を垣間見た思いがしたものである。


また東京・湯島では我が国初の官学「昌平黌」に。そこでは厳かな伝統の息吹き、中国文化と将軍庇護の歴史的学問の奥深さが持つ独特の空気に触れた皮膚感覚も真新しい思い。


そして、それよりもっと21年前に藩学ができていたという日本初の藩校。岡山藩藩学も訪れてみた。


これらを通してそこに見えてきた人間模様。権威主義の在り方に思いを馳せる。


当時の学問、儒学にも新旧学閥、門閥というのがあり後に日本全国にも藩校や私塾、寺小屋などが建てられたが、どうやら儒教の教えの基本は孔孟老思想の「忠而孝」いかに豊かに人生を幸せに生きるメソード(方法論の実践)だったのだが、いつのまにか権力闘争の具、或いは、情操仁徳に欠ける教育者の単なる面子に歪められて本来の思想から逸脱し人の痛みも共感できない知識莫迦を増やしたが為、今日もその誤った流れを汲む”いじめ”が横行して絶えない現状は如何ともしがたい。


そういうときは間違ったところからやり直すのが最善。


徒党などでもリーダーのコンプライアンス・モラルの適確性は大事な資質のひとつだが、進むべき方向性、先の見通しも立たない無鉄砲なお調子者では人望辛抱に欠ける事案が多く、積徳豊心を養うには弱いものを助ける連帯意識という人道的繋がりの心が必要とされる。ただ、いわゆる赤信号みんなで渡れば怖くない的身勝手な集団意識は自滅へと向かいかねない。


例えば公取委は内部牽制機能を持つ機関だが、独禁法は産業のすそ野の育成面からも過度な競争を自重すべく、特定集団が強硬盲進していないか弱者に配慮しているか等多角的に検証し、永続性のある国策に沿ったジャッジ(審判)で弱者保護の意味合いを保持する。

司法修習所なども社会的客観性は必要だ。


ま、はやい話が偏ると生活習慣病など弊害を招きかねないという考え方を想像していただくと分かり易いかもしれない。

読書の秋もあればスポーツの秋もあるとすれば、食欲の秋もまた然り。ただ自己管理は怠りなくということか。


で、教育に対してこれは一つの提案だが、今日、江戸時代の藩校精神に立ち戻り、今一度見直してみてはいかがかなと。

スクールカンセラー設置の学校もあるようだが、この国の国民性を考えた場合、もっとぎすぎすする可能性の方が高いのではないか。

それなら正しいところに戻って、良識ある上級生が下級生を指導して伸ばす。そこからやり直してみたらどうか。勿論目配りは必要だし信賞必罰の褒めて伸ばすことも必要。

福祉の精神は連繋の奉仕、ボランティアの精神。S.C.は他人任せのビジネス。さて善悪の判断力に欠ける子供にはどちらが向いているか。


そんなことは正しい指導をすればどちらでもよろしい。


英国でもパブリックスクールなど人間教育の伝統は奥深い。

担任教師に指導力があれば目が行き届くはず。エンパワーメントなど正しい模範となる指導生徒の徳性を育てることも涵養かと。



礼儀正しいのは心がけが正しい事の表れ。服装の乱れは心の乱れともいうがこれから2020東京オリンピックで多くの外国人が来日する。いちばんのおもてなしは言葉が分からなくても卑屈にならず先ずはちゃんと挨拶できるか、胸を張った礼儀正しい笑顔で迎えられるかどうかではなかろうか。

礼儀の心は世界共通。無礼はだらしない国民性と映りかねない。侮られてはメダル獲得数、今後の世界的発言力や国の威信にも少なからず影響が及ぶであろう。いかに自らを甘やかさず最善を尽くせるかが選手、ホスト国民のつとめともいえよう。


そういう国際的緊張感を踏まえた上で当時を振り返ってみる。

我が国の歴史を辿ってみるに士分の為の藩校教育は本来、文武両道を見据えて「子曰く--」などの漢詩で肚力と理性、さらに人間性をも鍛えようと藩主の許可を得て開校され、その趣旨は健全な精神は健全な肉体に宿るという単純明快な教え。当然それは心身共に強い家臣を育てるのが主旨ゆえ。で、文に行き詰ったら道場で武に汗を流す、武での伸びが滞ったら再度文に新鮮な気持ちで挑む。など得手不得手から相互のバランス感覚を鍛えメンタル面の向上においても強い人間を育ててきた経緯がある。本当に強いものは自浄作用、自律機能も有す。



また是々非々で弱きを助けるフェアプレイは西洋の騎士道と通じているという面では新渡戸稲造の考え方に似ている。



国策、政策を誤らない為に国際的研鑽を怠るまいという点では新井白石にも同意できる。


白石は確か「資治通鑑綱目」(中国の統治者史)を編著し6代将軍徳川家宣に献上、進講し、政治顧問としても当時、数百人からの行列を従えて江戸まで上った朝鮮通信使との儀礼上の取り決めなど両国慣例、古式定法に則り滞りなく行政手腕を発揮したと記憶しているが。


藤沢周平氏の目指した、理想の教育、情操教育、徳とは、人間性の向上を求めて研究資料から書き上げたと思われる「市塵」や羽仁五郎著の「白石・諭吉」(岩波書店)などにその痕跡がみられる。



そうそう、ついでに紹介しておくと「岡山蘭学の群像Ⅲ シンポジウム 緒方洪庵」の講演が

日時:平成27年12月3日(木)午後2時~4時30分

場所:山陽新聞社 さん太ホール (Tel. 086-803-8222)

入場無料 (10/30〆切 山陽放送学術文化財団)  催されるので


35mm


役に立つ学者志望の諸君!「100年先の日本を見据えた男・緒方洪庵」研究をしてみる端緒として是非参加せられたい。




っと、ここはどこだ?



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おやおや、いつのまにやら岡山カルチャーゾーンに足を踏み入れていた。



それなら産学バランス良く今度は日本経済の父・日本経団連第4代会長、土光敏夫氏の記念苑へと。


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そういえば土光さんも岡山人。合理主義はグローバルでした。


doko

「日日、是新也」日本が経済発展する原動力となった合言葉。





長くなって重くなったので今日はこの辺で失礼する。

   ~それでは また。~