「たつのこ たろう」研究 | 地球の日記☆マーク♪のblog☆

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この地球は今大きく変わろうとしている。自国主義からコロナ禍を経て、調和・融和へとイノベーション(変革)し、人生100年時代へ向けて脱炭素の環境優先へとベクトル(地球的エネルギー動向)が動いた。
常に夢を持って波に乗ろう!


どこがどう違うのか比較検討するのはなにも主婦だけではないはず。


まず比較するのは次に示す ①文庫本と②絵本 (業者の宣伝画像とタイトルをお借りして) の二点について特性をかいつまんで説明させていただきます。



龍の子太郎 (講談社青い鳥文庫)/松谷 みよ子

¥626
Amazon.co.jp

と、

たつのこたろう 新装版 (講談社の創作絵本)[本/雑誌] (児童書) / 松谷みよ子 朝倉摂
¥1,728
楽天

の2冊である。


何が違うか?


枚数、ページ数が違う、絵、装丁が違う。出版時期が違う。 詳細が違う。








龍の子太郎と言えば一時TVで放送されていたような記憶があり、それに国際アンデルセン賞優良作品というお墨付きもある。




で、よく見たらいろいろある。



突き詰めると①文主体か、②絵主体かになるが、まずオーソドックスに無心の童心になってみる。



「たつのこたろう」の絵本の方から、つい惹きこまれるように入って行ってしまった。②たつのこたろう 新装版 (講談社の創作絵本)[本/雑誌] (児童書) / 松谷みよ子 朝倉摂



まるで童の様に。



それはまず漫画の様に毎ページ絵が描いてある方に目が行く。余計な事を考えなくてよいからだなどと。



人間は、いや今実験中の動物全般的に言えることだが、どこかで楽をしようと言う無意識が働くようだ。いわゆる横着という省エネ習慣病。 



だが、子育ては手抜きより急がば回れで、根気よく読書の習慣づけで豊かな人生がひらける。




電子書籍でもいいが、興味は引けても後々奥行までこころに残らない。



あのとき誰にプレゼントしてもらってどんな内容だったかその後の人生に少なからず影響してくる。







ま、それはともかく、たかが絵本だろうとページを繰ってみると、「おや?これはちょっと違うぞ」と、気づかされる。



文中6ページ、「~もらうだ。」 のように松谷作品は「~。」 と(「」内に。の句点が入る)統一されている。 坪田譲治師匠の流れを汲む早稲田文学系か。



そして松谷作品、いや松谷先生のオリジナルな文体に独特な擬音表現が挙げられると思う。



龍の子太郎 (講談社青い鳥文庫)/松谷 みよ子


の冒頭「けわしい山が~谷川が、コボコボと音をたててながれて~」


このコボコボとなど松谷さんのいかにも茶目っ気あふれる人間味がコボコボと湧き出でている表現ではなかろうか。


も一つ、「いくがいくと~」なども彼女の独自表現で、朗読しているとまさに活き返るような新鮮味をおぼゆるのである。




で、どっちから先に読んだらいいのでしょうか?と尋ねる人がいるが、「あなたは先に映画を見てから本を読みますか?それとも本を読んでから映画ですか?」と同じことで俳優は先に本を読むしかない。映画はこれから作るんだから。





次に

たつのこたろう 新装版 (講談社の創作絵本)[本/雑誌] (児童書) / 松谷みよ子 朝倉摂


は割愛されて時間枠に収めた舞台作品のような総合芸術(脚本家でさえ演出家に台本渡したらもう口出し無用)で、良い面とここは惜しいなあと思える両面がある。


良い面は先ず毎ページごとの絵が素晴らしい。


舞台置き道具にしても当を得ている。 殊にたろうが九つ山をこえてふしぎな山のばあさまにおっかさんのことを聞くシーンではばあさまの脇に何気なく糸車を配置して時空を刺激していたのには、舞台美術家 朝倉摂さんならではの奥深い造詣にあらためて感心するとともに、これはただの絵本ではないなと・・・・・・。


三次元、四次元、つまり立体空間、時の隔たりを越えた普遍的美の無限の追及を楽しんでいるような自由さがみられる。


控えめなタッチの挿絵ながら物語にあったその時代の人物像が過不足なく描き出されていて、そこでそれぞれが息づいている。もちろん絵本をとじた後もである。



それで、割愛の量と質だが、読み終わった後で、親子の会話に重点を置いた思い切った断片化がなされている。


もちろん子どもたちからの疑問や質問を引き出させイメージの共有(想い出づくり)をはかるためであろう。


という事は②たつのこたろう 新装版 (講談社の創作絵本)[本/雑誌] (児童書) / 松谷みよ子 朝倉摂


を読むためには①龍の子太郎 (講談社青い鳥文庫)/松谷 みよ子  で裏付けを取っておかないと子どもたちの質問には応えられないと、私はよんだが・・・・・・。







という訳でそれぞれ①文主体、②絵主体2冊の本を対比して紹介したわけだが、そうすることによって、ここに新たな創作意欲が芽生えると思えるのだがどうでしょう。



お互いの弱点を時代に即した形で補完する。つまり子どもたちが、みずからひとりで楽しんで読めるようにストーリーを重視しつつ楽しい絵がいっぱいで、新たな創作意欲を育む手助けに。




ベストミックスは①龍の子太郎 (講談社青い鳥文庫)/松谷 みよ子  に朝倉摂さんクラスの実力者が連続ものでもいいから文と絵の競演で総合芸術作品のさらなる完成を目指してはいかがだろうか。



いやいやもっと多くのいろんな個性的絵でそれぞれの松谷作品を彩るのも多様化の現代作品風。



但し松谷作品の良さを充分理解しないで割愛し、安直な作品にするのだけはご免蒙る。




ついでに言わしてもらうなら、松谷さんの①「龍の子太郎」を原型に基本は崩さず、現代風にアレンジして今に活きるように、例えば湖や山を崩すというのを、三陸高台移転に結び付けるとか、花粉症対策案とか、鬼の代わりに現代の巨悪に目を向けるとか国民共通の問題、現代の国民目線で共感できる現代の物語をみんなで創っていくことは出来ないものであろうか。




ところで現代の巨悪ってなんだろう?



煎じ詰めればいつの世でも、人間のエゴ、目先の欲得に目がくらんで他人を利用しようとする内なる敵ではないだろうか。



それぞれが偏見なしに多様な考え方を理解しようと努めれば諍いは減るだろう。



たとえば、少子高齢化に伴う諸問題やTPP、消費税、辺野古新設、集団的自衛権など、肚を割って内情を正直に話し合えば同じ人間同士分かり合えないはずはないと思うが。



これを最初からどうせ・・・・・・。とか諦めてはいなかっただろうか。




「たつのこたろう」を通してそのこころがけ(理性と勇気、無私な行動力)が現代にもいきているのではないかと私は読み取ったが、さて皆さんはいかがでしょう。





よい本を通して良識が繋がることもある。



(ex.「たつのこたろう」も諦めないで岩山を穿つ勇気と根気が描かれている等参照)



人の痛みが分かるヒューマニズム(人道)、良心を育てる情操教育は親から子へ子から孫へかたり受け継がれていく言葉を使う、人間性の向上を目指して表現を楽しむ人類に与えられた福祉的こころのかけがえのない財産だと思う。



それはたしかな子どもを育てる可能性の芽ではないだろうか。



強いものは弱いものを助けるのが当たり前、いじめなどのない、よりよい社会を築く努力は民話などを通して日本人のこころに沁みついているはず。



わが子に、そして確かな未来によりよい作品を伝えていくために、読んでお話し合ってみてはいかがでしょう。





[まとめ]


 いろんな角度から「たつのこたろう」をみてきましたが、結論として誰にでもできる絵本の読み方として、まず読めることの幸せ。


その幸せを感じながら読めば相手にも自分にも副交感神経が機能し伝わりやすい。 うまく読もうとするのはそれから。







{お知らせ} 松谷みよ子文庫「本と人形の家」はじまります。    素敵な文学との出会いを


          2015年4月18日 毎週土曜日 午後1時~同4時


            お問い合わせ:03-3922-7070




                --ごせいちょう どく ありがとうございました。--