赤間神宮をあとにして、目の前のモニュメント。
朝鮮通信使が上陸した場所である。阿彌陀寺は、朝鮮通信使の宿舎でもあった。
この碇は、謡曲「碇潜」を記念して設置されているらしい。船頭(幽霊になった平知盛)に旅の僧が戦の物語を聞かせてくれないかと所望する話である。
さて、対岸は九州ですな。次の目的地はそちらの山間の地。
隠蓑の里。すでに目的が表示されとるがのう。
この先に道あるの?と思うような小径を進みます。
薬師寺 隠徳庵
正面に何か祀られていて、右には御堂があり、真ん中に意味ありげな石碑が見えた。
安徳天皇御陵 隠蓑伝承地である。
安徳天皇を奉じた平家の一門が源氏の追手を逃れてこの地まで来た時に、里人が藁の中に安徳帝を隠して逃れさせたとの伝承があり、安徳帝はその後この地で暮らし崩御されたのだという。
そのことを伝承する祭、しびきせ祭は現在も毎年12月15日に行われているそうだ。今年の12月15日は月曜日だなあ、残念。
こちらは本堂
左手にはずらりと石仏が並んでいる。この前の広場が祭の場所になるのだろうなあ。
安徳天皇陵を回ってみようと思ったのは、たまたま地図を見ていて発見したこの伝承地が始まりでした。地図で探していたのは近所のコンビニなんだけどね。
参考地、伝承地はまだまだあるけれど、いささか遠すぎる。硫黄島とかは流石に(爆)。でもまた行ってみるつもりである。
ね。








