祈りのお山へ | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。


久しぶりの比叡山は、特別拝観を中心にお参りした。なんの特別拝観かというと、伝教大師1200年大遠忌の記念事業なんだとか。




まずは戒壇院。

戒壇院とは、僧侶に戒律を与える結界が結ばれている場所で、最澄さんの時代には奈良の東大寺、太宰府の観世音寺、下野の薬師寺にしか戒壇院はなかった。だから最澄さんはこれを比叡山に作ることが念願だったのだが、この戒壇院は最澄さんの死後に勅命が出てやっと念願が叶ったんだ。

この特別拝観では、その建物の中に入れるんだけど、当然写真は撮れないので、記憶に止めるしかないんだ。うーん、毎回言うけど、それは無理だ!

それと、なんだか雰囲気が違う気がして、さっき確認したんだけど、



2018年に初めて比叡山に登った時に見た戒壇院はこちらだった。そういえば、その後、補修工事をしていたような記憶がある。



法華総持院東塔と阿弥陀堂

東塔は全国の聖地に建つ6つの宝塔を総括する塔。こちらもまた特別拝観で内部に入ることが出来た。本尊は大日如来を中心とした五智如来。

この2つの建物の間を通り抜けて行くと西塔エリアへの道があり、その途中に最澄さんの御廟のある浄土院がある。最澄さんは今でもまだ生きていて、障子の隙間から覗くのだそうだ。と、NHKの番組で言ってた😊。



この特別拝観に合わせて授与される特別御朱印があったので、頂くことにした。戒壇院の御朱印は貴重だなぁ。



吉井勇?どこかで聞いた名前だな、そうだ、祇園町の白川沿いにある、かにかくに碑の人だね。

比叡山をどれだけ愛していてのかということが書かれていた。祇園もだけど比叡山も愛していたんだー。



上の画像でも右隅に見えるが、こちらが吉井勇の歌碑。

雷すでに起こらずなりぬ秋ふかく大比叡の山しずまりたまえ



そして根本中堂へ。ただまだ補修事業の真っ只中で、とうとう修行の谷間にまで足場が並んでいる状態だった。あと5年くらいかかるらしい。

その中で護摩が始まりしばしたたずむ。


ということで、写真は上の広場にある根本中堂の石塔。



坂本ケーブル比叡山駅もなかなかレトロ。30分毎に出発するケーブルカーを待つ間に、ここから右手に回る。



そこには大阿闍梨の住む無動寺谷への参道がある。加持祈祷は生きてる人の為にお願いするものだと思うから今は違うかな。



しばらく琵琶湖を見渡す景色を眺める。



すれ違うのは、登りに乗った伊達政宗号こと縁号。帰りの真田幸村号は福号。

山を降りて向かったのは麓のお寺。



滋賀院門跡は、天台座主となった皇族の住まいであった寺。



座主の輿には、肘掛けや物書用の小さなテーブルが付いていた😵



庭園は小堀遠州の手による物。縁側から眺める。



池の鯉は餌をもらえると思って寄って来て口を開ける。餌は縁側に置いてあって、有料だった。



里坊の僧侶の生活の間を再現したそうだけど碁盤もあるんだね。



坂本最後の訪問先は生源寺。生源寺は最澄さんの生まれた場所に建立された寺で本尊は十一面観世音菩薩。

もしかしたら十一面観世音菩薩は特別な仏様なのかもしれないので、ちゃんとお参りした。



境内には最澄さんの産湯を汲んだ井戸が残っているけれど、産湯なわけだから、ここで汲んでどこかで沸かしたんだよねえ、と変なことが頭に浮かんだ(爆)。



生源寺の斜め前は京阪の坂本比叡山口駅で、こちらは伝教大師1200年大遠忌のラッピング。

実は京都に出るにはちょっと便が良くなくて、ここで京都に行くルートをスマホで検索したりすると、比叡山坂本駅まで歩いてJRに乗れと出たりする😆。

ね。