大本山 妙心寺 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

退蔵院で思いのほかゆっくりしたので、あとは妙心寺だけ参拝することにした。
 
 

 

私が入ったのは南総門からであるが、その左に勅使門があって、そこから大方丈までが直線上に並んでいる。まずは放生池と三門だが、残念ながらこの石橋は閉ざされていて、渡って参拝することはできない。三門もまた非公開である。

 

 


三門の先には江戸時代に創建された仏殿があり、非公開ではあるが正面の扉は開かれており、参拝することはできる。
 
 

その後ろにあるのがこちらも江戸時代の創建となる法堂である。法堂は有料だが公開されている。
 
 

一番奥にあるのが大方丈である。まずはこちらで拝観と御朱印をお願いするが、拝観はガイド付きということで、時間まで少し待つことになる。大方丈に上がり、拝観しながら待つ。
 
 

 

所定の時間に戻り、まずは御朱印を受け取った。限定御朱印などもあったが、お願いしたのは本尊である釈迦如来。

 
この時間の拝観者は私を含めて3人で、すべて男性だった。
 
 

 

もちろん堂内の撮影は禁止なので、パンフレットを写したものだが、狩野探幽作の雲竜図は法堂の天井に描かれている。天井は吊天井になっていて、雲竜図は天井を下に下げて書かれたというが、その創作に費やされた年月は8年にも及ぶという。

 

見る方向によって昇り龍にも下り龍にも見える技法で描かれているが、そういえば雲龍院の屏風の龍の絵も見る角度で顔が延びたり縮んだり変化するものだった。龍の絵は、そのような技法が使いやすいのだろうか。


もう一つの見どころは梵鐘なのだか、こちらは徒然草にも記されているほどの名鐘で、昭和48年までは実際に突かれていたという。我々の世代は行く年来る年で実際に突かれる様子を観ているかもしれないのだが、現在は保存の為、法堂の中に吊るされ、CDでその音を聴くことができる。



昭和48年まで実際に吊るされていた鐘楼はこちらで、現在は新しい梵鐘が吊るされている。


 

 

大方丈の左奥にあるのは大庫裏で、こちらも案内付きで見学する。大法要などの時に何百人もの食事を作る大きな窯の部屋と普段使いの小さな窯の部屋があって、共に窯は四つ並んでいた。当番の僧侶が寝泊りする部屋は一人一畳。建物の真ん中には半地下の食料を保存する部屋があったが、驚くほど冷んやりとしていた。

 

花園駅前から四条河原町行きのバスに乗るつもりでいたが、駅に戻って荷物をコインロッカーから取り出して信号で待っていると、四条河原町行きのバスが通り過ぎていった。バス停まで行き時刻を確認すると20分待ちだったが、そこに四条烏丸行きのバスが来たので乗ることにした。

四条烏丸から河原町まで歩いて行ってもいいかなと思ったのは、途中に御旅所があるからだ。

 

祇園祭の前祭と後祭の間、八坂神社の御神体は鴨川を越えて御旅所にやってくる。今年はそのお清めをする山鉾も、御神体を運ぶ神輿も中止となったが、御神体は白馬に乗ってこちらに移られた。

夏になると街にずっと流れている祇園囃子の音が、今年はちょっとだけ小さい気がする。

ね。